かえるさんレイクサイド (10)



犬上川のそばの田んぼにいよいよ水が入った。夜になると近くのかえるはいっせいに田んぼに入って鳴き出した。遠くの田んぼから聞こえる声は、しゃくしゃくという音の波に聞こえる。でも、近くの声をよく聞くと、それぞれが違うことを言っている。


「そんなもんじゃそんなもんじゃそんなもんじゃ」と鳴いているのは、かえるさんの近くで番を張っているかえる番長だった。番長はこのあたりでいちばん声が大きい。番長が歌いながら真夜中のヘルロードを行くと、あちこちの家のあかりがついて、誰もが窓のはしから顔をのぞかせる。番長はそれを見るたびに「ダンシング・オールナイト」や「アンパンマン」の節回しで「そんなもんじゃ」をサービスする。


番長からちょっと離れたところで、かえるさんはかえる座を眺めていた。番長が声を限りに鳴いているので、あまり鳴く必要がないのだ。かえる座はしし座のさかさ疑問符のそばにあるが、かえる等星以下の星でできているので目立たない。でも、小さな星がたくさんあるから、見るたびに、好きなように線でつないで、好きな形を思い浮かべることができる。インタラクティブでユーザーフレンドリーな星座だ。かえるさんは「そんなもんじゃ」の形を思い浮かべようとしていた。


番長はときどきかえる旋律に飽きるのか、別の節で「そんなもんじゃ」を歌う。「おうまのおやこ」は番長の好きな歌のひとつだ。そんなもんじゃ、が、そ・ん・な・で・も・ん・じゃ、になる。その途切れ途切れの声を聞いていると、まとまりかけたかえる座がちりぢりになる。かえるさんは、今日のかえる座をなんとか「おうまのおやこ」にしようと線でつないではばらばらにした。


いくら時間をかけても、かえる座は「おうまのおやこ」にまとまらない。遠くからしゃくしゃくと声の波が聞こえた。あのしゃくしゃくの中には番長のような大声があるのかもしれない。もしかしたら「そんなもんじゃ」もあるかもしれない。かえるさんは、しゃくしゃくをもっとより分けようと、耳をすませた。そんな、にも、もんじゃ、にも聞こえるような気がする。でも、すぐにしゃくしゃくに戻ってしまう。番長の節回しは「コロブチカ」になった。





第十一話 | 目次

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