かえるさんレイクサイド (4)




陽が射してきた。かえるさんは葦にのぼった。葦のぼりはわずかな時間で筋肉をつけ、ジャンプ力を高める効果的なトレーニングなのだった。しかし、春先にいきなり激しい運動をしてはいけない。葦にのぼったかえるさんは、何度も往復するのは止めにして、軽くストレッチをすることにした。


ストレッチは気持ちいいと思うところで止めるのがコツだった。かえるさんがストレッチをするとき思い浮かべているのは、ティーブ・ミハリクの声だった。ティーブ・ミハリクは、かえるさんがテレコン・ゴールドで注文したビデオに出てくるインストラクターだ。ミハリクの「伸ばしましょう。ああ、気持ちいいですね」という声を思い出しながら左かえる前あしを突きだすと、かえるさんは本当に気持ちがよくなってくるのだった。


かえるさんが「ああ、気持ちいいですね」にひたっていると、えけ、えけ、と無粋な声がした。におちゃんだった。におちゃんは、かいつぶりだが、琵琶湖周辺では、におちゃんと呼ばれている。葦のてっぺんに変わったポーズのかえるがシルエットになっていたので、におちゃんは、えけえけと感想を述べてみたのだった。述べてはみたが、自分でも誰に述べたかよくわかっていなかったので、すぐに水に潜ってしまった。


でも、かえるさんはその声に気がそがれて、どちらのあしをどれだけ伸ばしたのか忘れてしまった。しかたないので、右と左を一度に突きだして「ああ、気持ちいいですね」と言ってみた。効いているのかどうかよくわからない。たぶん今日はもう十分ストレッチをやったのに違いない。かえるさんは仕上げに水面に跳んだ。どぼんと重たい音がした。ジャンプ力はまだまだだった。かえるさんはゆっくりかえる立ち泳ぎをしながら浮き上がった。遠くで、えけ、えけ、と声がした。





第五話 | 目次

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