FOLLOW2 AV編 -5-(後編)


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   『シャッター音は絶え間無く鳴り続ける………』

   と、そこで僕は記録を綴っていた手を止めた。
   ボールペンを握りしめたまま後ろを振りかえり、ディレクターの顔をうか
  がう。

   彼は、小さく何回かうなずきの仕種を見せた後、周りに幾つかの指示を
  あたえた。僕の方はと言えば、シーバーから耳を離す事も出来ず、ただ目で
  「続けろ」と伝えられただけだった。
   いつの間にか口にたまっていた唾液を呑み込み、再び盗聴機から流れてく
  るノイズ混じりの音声に僕は集中し始める。

   『あとどれくらいですか?』

   これは客の一人の声だ。慌てて速記する。

   『もう少し待っていてください。今、見て来ます』

   タカダの声。耳慣れた声だ。彼の、この少し早口で時々うわずる声を聞く
  と、懐かしさ以上にとどめようもない腹立たしさがわきあがる。気がつくと
  ボールペンの先で用紙の端に、小さな穴をあけてしまっていた。
   再び、ふりむく。カメラチームはもうスタンバイOK。バンの扉から、照
  明や音声がとびだしてゆくのがちらりと見えた。この狭苦しくも蒸し暑い車
  内にすっと、涼しい風が吹き込んだ。いくぞ!、と叫ぶスタッフの声はシー
  バー越しにも聞こえる程の大声だ。長い、取材のクライマックスに向けての
  緊張感の表われだろう。




   この「アストロ・ジャパン」への潜入取材計画はおよそ2箇月以上前の、
  とある酒場の席を発端にして始まった。
   「コウノ・アツミ」こと本名「加賀未貴子」の父親とうちのディレクター
  とは高校時代の友達で、何年ぶりかの再会を果たしたその日、二人はささや
  かな宴会を始めた。
   『どうも自分の娘がAVにでているらしい』
   加賀氏は、突然うちのディレクターに向かってこう切りだしたという。
   『同僚の一人から、そんな事をほのめかされたのだが、自分ではとても確
  かめる勇気もない。どうかちょっと調べてくれないか』
   テレビ業界なら、そういう事も詳しいだろうとの判断の上での打ち明け話
  しだった。
   もっとも、アダルトビデオ業界と、テレビ業界は基本的には別のものだ。
  うちのディレクターに「そんな事」は分かるはずもない。
   そこで、敢えずその噂になったビデオを借りて見てみる事になった。
   パッケージの写真を見た限りでは、化粧が厚くほどこされていて「どっち
  にでもとれる」といった状態。加賀氏の不安はつのるばかりだったが、さす
  がにビデオの中身まで見る勇気はなかったらしい。
   雑誌等でのプロフィールを見た限りでは別人のようにも思える。

   実は、彼は妻(つまり、彼女の母親)とはもう長い事別居中で、本人の談
  では「回復不能」という状態まで陥っていたらしい。
   騒動の原因は、父親の突然の転職にあった。
   彼は、会社を退社、富山にある新興企業に新に入社する計画を持ち出した
  のだが、母親の方がそれに猛反対。詳しい事情はわからないが、それ以来二
  人の中は険悪なものになり、ついに父親は、単身富山に向かってしまった。
   結局の所、それは成功を納めたのだが、母親の方はそれを素直にそれを喜
  ぶことは出来ず、両者の間に離婚話が「極自然に(本人談)」もちあがった。
   そんな訳で、ここ数年彼は娘に会った事も無かったという。彼女の姿を自
  分の娘と断定しづらかったのも、そういった理由からきているようだ。

   ディレクターは、そういういきさつの中で、このアストロ・ジャパンを取
  材しようと決心、まずは周辺から聞き込みを始めた。これには、僕も参加し
  ていたから、はっきり言えるのだが「どうもこの会社はうさんくさい」とい
  うのがその筋からの情報の要旨だった。
   僕の所属しているこの会社はテレビ局の番組外注屋に過ぎない。人的なコ
  ネだけがたよりで、警察の協力といった大がかりな仕事は、局との合同でな
  くては出来そうもなかった。
   本来、そうすれば良かったのだ。だが、「コウノ・アツミ」の父親がそれ
  を頑と拒否した。理由は、はっきりとはわからないが、やはり娘が余りおお
  っぴらに取材されるのが嫌だったのだろう。
   そこで、一端、取材は終わりになりかけた。
   しかし、その直前に入った一つの情報がそれを変えた。他の者にとっては
  意味の無い代物であったが、この僕には驚きの内容であった。
   それで、僕は強行に取材続行を主張したのだが……。




   レシーバーに耳を当ててみても、何も聞こえない。客は黙り込んでいるよ
  うだ。僕は左手を延ばして、壁に張りつけてある即席でこしらえたパネルの
  スイッチの一つを押した。音声が、事務所奥のスタジオに切り換わる。
   音声の調子は比較的いい。盗聴機が、「シジマ・ヨーコ」の着ている上着
  に付けられているせいだろう。


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 アサカタ:いいねえ。よし、じゃあそこに座って。シャツのボタンはずしてみてくれ
      る?
 モヤマ:ちょっと?なにしてるの?聞こえない?ボタンだよ、ボ、タ、ン!
 ヨーコ:あの……
 モヤマ:なに?
 ヨーコ:ちょっと……
 モヤマ:ナニ?
 ヨーコ:おなかが………
 モヤマ:何??!……ったく。
 アサカタ:アツミちゃん、わるいけどスタンバってくれる?
 アツミ:はーい。
 アサカタ:ヨーコちゃん、もう少し頑張ってみようよ。ちょっと、肩見せて…………
      そうそう……。
 ヨーコ:はい……
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   彼女が時間稼ぎをしているのは明白だ。それにこのままだと。「コウノ・
  アツミ」自身が「仕事」にかかる可能性もでてくる。それはまずかろう。何
  しろ、この車内には彼女の父親も一緒に来ているのだ。
   彼は、僕の肩越しに覗きこんで、僕の記録している用紙を眺めている。速
  記文字で書かれているので、彼にその内容がわかるはずもないのだが、一瞬
  僕は紙の表面をボールペンを持った手で隠そうとしてしまった。
   そこで、彼は今度はもう一つのレシーバーの方に耳を当てた。さっきまで、
  ディレクターが使っていたやつだ。もう止めようがない。僕は放っておく事
  にした。
   それよりも、早く撮影隊は現場につかないのか。
   あせりが僕の心を支配し始めていた。




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