FOLLOW2 AV編 -6-
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僕は、パネルのスイッチをがちゃがちゃといじりまわして、何とかして現
場の状況を把握しようと、やっきになった。「コウノ・アツミ」の父親、加
賀氏もレシーバーを耳から外し、車窓から表を不安そうに眺めている。ウィ
ンドーには黒いフィルムが掛かっていて、車内は異様に薄暗くまた暑い。
バッテリーが気になって、エアコンをつける事も出来ないのだ。
狭さもいらいらを一層つのらせる。余分なスペースは無く、つい先程まで
うずくまるようにして、記録をとり続けていたぐらいだ。今は、背伸びする
だけの余裕も生まれたが、狭い事にかわりはない。
ふと、僕はパネルをいじる手を止めた。何かの声が聞こえた。パネルを改
めて見てみる。どうやら、先程の接客用の部屋の音声らしい。
室内は騒がしい上、ノイズも多くて内容ははっきりとは分からない。
トーンとボリュームのつまみをゆっくり、調節する。
『…テープをここで流してもいいんですよ…』
ディレクターの声だ。はやくも、修羅場を迎えたらしい。予定では、突撃
取材を試み、客や、タカダから直接事情を説明させることになっている。
テープで盗聴している事実は奥の手であるはずなのに、もうはやくもきり
出しているなんて……。
ディレクターの声は続く。
『………このカメラは、中継用カメラで今頃は局の方へ直接電波でとどい
ています。本当の所を正直を教えて下さいよ……』
はったりもいい所である。彼らが持っているのは、実際の所、直接テープ
を入れて使う型遅れのEDベータカメラに過ぎない。それを、工作の上、デ
ッキ部分を隠し、アンテナを付けて、それらしく見せているだけなのだ。
『……あなた方ねえ、営業妨害はよして下さい。訴えますよ……』
タカダだ。記録する手も止めて、思わずレシーバーに耳を強く押しつける。
何か、がちゃがちゃと人の足音が聞こえる。そして、音がまた弱々しくな
ってきた、と思うや否や、激しいノイズが聞こえ、ぶっつりと音声が途絶え
た。
ディレクターがばらしたのか、タカダが見付けたのかは判らないが、盗聴
機が壊された事だけは確かだ。
パネルのスイッチをスタジオに切り換える。
『…どこだ…』
『…おいさがせ…』
そんな声が、騒がしい足音や物音に混じって聞こえる。どうやら、シジマ・
ヨーコが上着を着直したらしく、衣ずれの音が妙に大きい。この盗聴機は発
見されずに済みそうだ。
この分ではシジマ・ヨーコが内通者だと告げるのも時間の問題だろう。
音声の具合はあまり良くない。
タカダが何か、反論している。『プライバシー』という言葉が辛うじて聞
こえた。
まあ、中継されているという事実を彼らが信じている限りは、暴力行為に
は及ばないだろう。
タカダは馬鹿な男じゃない。いつだって周りの状況というか空気を読むの
がうまい奴だった。……タカダ、早く降参しちまえ。……何でお前はそんな
になっちまったんだ?
「タカダ」こと「高田健児」は、僕が大学時代にさる映画サークルで知り
合った友人の一人だった。
学校未公認で同好会レベルの小さなところだったので、彼との仲もすぐに
何年来の旧友ように親しいものとなった。偉そうにしている上級生もいなか
ったし(というより、上級生は姿を現わすことも稀だった)、僕等は新入生
の頃からかなり自由に活動をしまわっていた。
やがて僕等は、一つの商売を始めた。フォロー屋とでもいうのだろうか。
頼まれた相手を後ろからこっそりカメラを持っておいかけて、そいつが失敗
したとき、もしくはしそうな時、ふいっとすがたを現わす。すると、まわり
の者はその失敗を「撮影か」と思って気にしなくなる、という寸法だ。その
上、不思議なものでカメラ回っていると思うと、何故か普段以上の力を発揮
するらしく、失敗の確率もぐんと減るのだ。
金は儲るときもあれば、客がごねて貰いそこねる時もあった。僕は大抵カ
メラマンの役で、かけずりまわる事も多かったが、とにもかくにも楽しかっ
た。
僕は、自主映画の世界にすっかりつかってしまい、就職もテレビ関係の今
の会社に入った。高田は結局、就職浪人をして、卒業以来会う事も殆ど無く
なってしまった。
彼の名を、最初聞いた時は同姓同名の別人だと思った。
渋谷で自ら街頭スカウトをしているとの噂を聞いて、僕はどうしてもそれ
を確かめに行かずにはいられなかった。
数年ぶりに見た彼は、以前の彼とは違っていた。服装なんてあまり気にし
ないやつだったのに、今やシックで落ち着いたスーツを着こなし、まあ、あ
る意味において爽やかな印象すら与えている。
だが、その反面、以前彼に感じだあの、なんとも言えない人間臭いあけっ
ぴろげな気質はどこかに消えさってしまっていた。どこか他人と一枚隔てた
所で、彼は考え行動している……そう思えてしかたない。
数時間の観察を終えた僕は、ディレクターに取材続行の願いを出しにいっ
た。彼はちょっと考えこむように、沈黙した後、GOサインを出してくれた。
彼が、定期的に渋谷に繰りだす事に目を付けた僕は、潜入取材のアイデア
を提案。「シジマ・ヨーコ」こと「牛島加代子」という女性が手伝ってくれ
る事になり、彼のハントの好みに合わせ逆にこっちが引っ掛ける事で計画は
進んでいった。
彼の目の前を、いかにも暇を潰しているかのように牛島嬢が歩くと、案の
定高田は彼女に声を掛けた。彼の好みは学生時代のそれとちっとも変わって
いない。複雑な心境だった。
『…何をきいたか知らないが、ここはビデオの撮影をしているところですよ。
何かのセリフを聞いて勘違いしてるんじゃありませんか』
高田の声が、きんきんと響きわたる。
もともと、あの商売を思いついたのは僕だ。それを、高田はこんな売春擬
きの為に利用している。この責任の半分は自分にあるのではないか。そうし
た思いが彼への怒りを一層あおりたてる。
カメラという虚構創造装置は、使い方によって、時には現実以上に真実を
伝え、時には現実から真実を取りのぞいてみせてしまう。
……高田、カメラの使い方を知っているのはおまえだけじゃないんだぜ。
『そこまで、言うのなら警察を呼びましょう。そこの女の子達に聞けばわ
かる事ですよ。きっと、素直に協力すると思いますよ』
ディレクターの声の後に、また何か激しい物音が聞こえた。人が何やら、
しゃべり合っているのはわかるが、ノイズの方が大きくて内容までは伝わら
ない。しかし、もうあそこまで言ってしまった以上、残された計画の最期の
手は一つしかない。
とにかく、連絡があればすぐ警察に通報するのだ。
傍らに置いてあった小箱から携帯用電話をひっぱり出し、緊急に備えた。
「警察に電話するのかね」
加賀氏が不安そうな口調で、尋ねてきた。
「最終手段です。しかたありません」
「しかし、娘を警察に引き渡したくはないんだ…」
僕は、彼の顔をまともに見る事はできなかった。
奇妙な罪悪感すら覚えていた。
レシーバーの音を聞いているふりをして、彼に背中を見せながら返事をす
る。
「大丈夫ですよ。ちゃんと、手は考えてありますから」
それは、殆ど自分に言い聞かせているような、言葉だった。
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