FOLLOW2 AV編 -7-



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   激しい物音がレシーバーから流れ、状況は再び把握不可能の状態に陥った。
   おそらくもうディレクターはカメラの前で白いハンカチを振っていること
  だろう。それが、一応警察を呼ぶという合図になっているのだ。勿論、それ
  は中継していると相手に思いこます為の演技に過ぎないわけで、僕にそれが
  見えるはすもない。
   何か、そうしているとわかるような物音が聞こえればいいのだがそれも、
  もう望み薄だ。
   「電話しましょう」
   加賀氏が、耳にあてていたレシーバーを離しながら、僕に向かってそう言
  い放った。
   僕は無言で諾いた。携帯電話に手をのばす。すると、加賀氏はその手を遮
  って、すっくとその場に立ち上がった。
   「携帯用電話じゃすぐに逆探知されてしまいますよ」
   そうか。携帯用の回線は通常回線と比べてずっと少ないから、その危険性
  はあるだろう。
   「わたしが外の公衆電話でかけてきます」
   「あっ、でも」
   加賀氏はもう既にバンの扉を開けて、半身を表に出していた。こつこつと
  爪先を地面に叩きつけ、靴を履きながら、彼はじっとこっちを見つめて言っ
  た。
   「……せめて私の手で決着をつけてやりたいんです」
   僕は無意識の内に深く鼻から息を吸い込んでいた。
   ふいに、底知れぬ緊張が巻起こる。
   「……わかりました。……喧嘩しているとか何とか言っておけばいいです
  から」
   加賀氏は、軽く諾くと扉を閉めて勢いよく飛び出していった。
   その瞬間僕は、彼が電話ボックスに向かわずに、ビルの中に入っていきそ
  の場から「コウノ・アツミ」を連れだしてゆく姿を想像した。
   反射的に腰が起き上がったがすぐに、落ち着いて地面に身を据える。
   不安はある。
   だが、わざわざ確かめに行く程のものでも無かった。
   それならそれでもいいじゃないか。所詮、僕らは部外者だったのだ。実際
  僕はこの取材にほとほと嫌気がさしていた。初めは単純な社会正義を振り回
  してこの計画を進めていたが、段々と何が正しいことで何がそうじゃないの
  かが解らなくなってきていた。何故なら、誰も傷ついていないのだ。唯一人
  加賀氏を除いては。
   恐らく事実を知った時、「コウノ・アツミ」は深い傷を受けるだろう。
   何度も思った。このまま放って置いたほうがいいのじゃないか、と。
   それでも、続けようと思ったのは単純に高田に対する怒りだけだった。加
  賀氏への同情でも、彼の娘を救おうという道徳心でもない。
   それがたまらなく悲しかった。そんな自分が情けなかった。
   僕は大きな溜息をついて、天井を見上げた。まぶたを強く閉じて、両手を
  顔の前に置く。手の温もりはまるで別人のそれのようだった。
   回転するテープレコーダーの上へ、僕は神経質気味に何度もかつかつと指
  を叩きつける。

   どのくらいたったであろうか、扉が前触れも無く開いた。僕はどきっとし
  て振り向くと、無表情な顔をした加賀氏がそこにいた。
   「電話してきました」
   彼は、そういうと深く息を吐き出して、後ろ手にするすると扉を閉める。
   「ここにいるのはまずいんじゃないですか」
   加賀氏のその言葉はつぶやくようで殆ど聞きとれない程小さなものだった。
   僕は、無言でしばらく、じっと微動だにしなかった。どうしてだか解らな
  いが、とっさに何かを行動することは出来なかったのだ。
   それでも、僕は彼の言葉の意味を解し、運転席にのろのろと進んだ。
   おそらくこれで全ての決着がつく、そう思いながら…。

   突如、パトカーのサイレンが鳴り響いてきた。
   それも、一つや二つではない。少なくとも3台、もしくはそれ以上?
   「一体、警察になんて言ったんです?!」
   僕は慌てて後ろを振り向き、加賀氏に問いただした。
   「拳銃を持った男が暴れてる、と告げたんですよ」
   僕は、多分その時驚いた表情をしていたに違いない。
   心はそれ以上に呆れていた。
   「そうでもしないとサイレン付きではやってこないでしょう」
   加賀氏はしごく真面目な表情で、事もなげにそう告げていた。


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 誰かが階段を掛けあがってくる音。革靴の足音が小気味良く辺りに広がってゆく。

 警官1:今しがた通報があったんですが、何か変わったことはありませんでした?
 ディレクター:は?いや、なにもありませんよ。
 警官2:いや、実はここで拳銃を持って暴れている男がいるという通報がありまして
     ね。まあ、イタズラだとは思うのですが、ま、一応こうして調べているわけ
     で。
 ディレクター:はは。……何しろここでビデオの撮影現場ですからね。いろいろと誤
        解も絶えないんですよ。全く困ったもので……

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