既に開演十五分前。 警備員が、訝しそうにこちらを見守る中、俺はコートのポケットからプリントアウトしたEメールを取り出し、中身を確認した。 待ち合わせの日時、場所。間違っていないはずだ。 扉を挟んだ向こうの柱の前には、同じように待ち合わせをしているらしき、小太りの男が一人いる。 嫌な予感を覚えた。 彼女とメールをやり取りしたそもそものきっかけは、単純に「売ります・買います」の掲示板を見てメールを送ったことに始まる。 顔文字を多用された文面を見たそのメッセージを見た時、下心が全く起らなかったと言えば嘘になる。 それは絶版になったお気に入りのアーティストのLDを売って欲しい、という内容だった。そして俺はそのLDを持っている。これを運命と言わずとして何と呼ぼう。 だが、計算違いがあった。 俺はその時、大学を今年卒業する姉貴のパソコンを借りて、試しにという形でネットに接続していただけだった。普段手紙など書きなれていないせいもあって、ひどくぶっきらぼうに慌てて書いたせいもある。 そう、俺は姉貴のメールアドレスと名前で返事を送っていたのだ。 当然、むこうは女性からだと思い、非常に好感触な返事が返ってきた。 最初はむこうが勘違いしていることにも気付かなかった。気取って私、なんて一人称を使ったのも悪かった。三度目のメールで向こうが名前で呼びかけている一文があり、初めて迷った。誤解を解くか。それとも……。 楽しかった。 自分の分身がいるかのように、色々な話題についてウマがあった。全てが先伸ばしになった。 しかし、同時にそのアーティストの曲のちょっとエッチな詩についての解釈について意見を交わしている中、胸の苦しさを覚えている自分に気付いた。 近所の丘の上の神社の石段、千二百八段を駆け上がり、白い息を吐きながら俺は叫んだ。 君が好きだ。 アーティスト来日の情報は、ネットで知った。姉貴のパソコンは既に俺の私物に化するほど使いこまれていた。エッチ画像や、違法音楽ファイルの検索もお手のものとなった。ネット万歳。 結局、ライブへ誘う決断まで二週間が必要だった。……むこうからの冗談めかした「男だったら彼にしちゃうのに」なんて言葉もあった。俺は当日に賭けることにした。 時刻は、既に開演時刻。 仕方ない。 中に入り指定座席に座る。 彼女へ送った隣の席を見る。 何度も練習した言い訳と告白の言葉を思い返す。 その思いのこもった席に。 さっき入り口で見た小太りの男が座った。 手に目印のウサギのストラップをつけた携帯電話があった。 ……何がEメールラブだ。文通と同じパターンじゃないか。 痛いほどの拍手と熱い叫びで俺達二人は並んでアーティストの登場を迎えた。 一曲目は「友情に乾杯」。 最高だぜ。
(了)
Written by NOBUHIRO MORIKAWA Date: 99/01/17 HTML Modified :99/03/02 |