09-Aug-98

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ブドウ日記  (98年 その8)



--- モーゼル・ザール・ルーヴァー地方の醸造所巡り (その1)---


はじめに

8月5日(水)の午後から7日(金)までの2.5日間、我が家はささやかな休暇を取り、日本から来たKonyaさん(注:インターネットの掲示板仲間で、会うのは今回が始めて)のモーゼル・ザール・ルーヴァー地方の醸造所巡りに便乗することとなった。廻った醸造所は次の通りである。

 ◆カルトホイザーホーフ ティレル(Karthaeuserhof Tyrell)醸造所
     --- ルーヴァー(Ruwer)地区、アイテルスバッハ(Eitelsbach)村

 ◆フォン ヘーフェル(von Hoevel)醸造所
     --- ザール(Saar)地区、オーバーエンメルン(Oberemmel)村

 ◆ヨルダン & ヨルダン(Jordan & Jordan)醸造所
     --- ザール(Saar)地区、ヴィルティンゲン(Wiltingen)村

 ◆ゲルツ ツィリケン(Geltz Zilliken)醸造所
     --- ザール(Saar)地区、ザールブルク(Saarburg)市

 ◆ラインホルト ハールト(Reinhold Haart)醸造所
     --- 中部モーゼル(Mittelmosel)地区、ピースポート(Piesport)村

 ◆Dr.ローゼン(Dr. Loosen)醸造所
     --- 中部モーゼル(Mittelmosel)地区、ベルンカステル=クース(Bernkastel=Kues)市

 ◆マックス フェルディナント リヒター(Max Ferd. Richter)醸造所
     --- 中部モーゼル(Mittelmosel)地区、ミュールハイム(Muehlheim)村

これら訪問先は専らKonyaさん自身の好みに基づき、ご自身で電話等でアポを試みてOKだった所である。実はこの他にも2〜3ヶ所、本当は行きたかったのだがアポが成立しなかった所もあり、その分若干「補欠クラス」も混じっているとか。

かく言うぼくはというと、そもそもモーゼルのワインにはラインガウほどなじみがなかったこともあり、上記のうちで前からよく知っていたのは1つだけ、ちょっと名前に見覚えあったのが2つ、という具合であった。これには一応それなりの訳があり....ぼくの住むフランクフルトはラインガウ地方に近く、街中のデパートのワイン売り場なんかでもラインガウのワインは結構充実しているが、モーゼルのそれは比較的品揃えが薄い。更にラインガウなら蔵元へ直接買い出しに行くのも簡単だが、これがモーゼルだと1日仕事となるからだ。....とはいうものの、これは2番目の理由であって、一番の理由はぼくの乏しい情報源にあったと思う。10数年前に書かれたドイツワインについての日本語の本数冊をほとんど唯一の情報源としていたぼくは、「ラインガウこそドイツワインの最高峰」という、ちょっと古いステレオタイプに染まっていたことを白状せねばならない。それともう一つ、強いて言えば、ぼくがドイツワインを飲み始めた頃、結構安価な(よってそれなりの品質の)モーゼルワインを随分飲み、がっかりするようなことも少なからずあったが、幸か不幸かラインガウ地方からはそのレベルのワインは日本にはほとんどは入っていなかった。それが、「ラインガウの方が上」と思いこむ3番目の理由であったと思う。そのような思いこみが、どうやら怪しそうだということは最近知り合いとなった人達から徐々に聞かされてはいたが、今回の蔵巡りツアーは、今更ながらモーゼル・ザール・ルーヴァーのワインの素晴らしさを実感する最高の機会であった。

一方、これまでラインガウのワインにはいたく傾倒していたぼくであるが、実は個人的に醸造所を訪問したことは一度もなく、醸造設備やケラーなんかも、ほとんど一般公開日等の機会でしか見たことがなかった。ましてや、醸造所オーナーと差し向かいで試飲して話をするなんてことは皆無であった。対人恐怖症(?)の気があるぼくは、そういうことができれば面白いだろうなあと思いながらも、この5年あまりのドイツ生活中についぞ実行に移すことが無かったというわけだ。そんな訳で、今回のきっかけを作ってくださったKonyaさんには、まさに感謝の極みである。

ではぼちぼち個々の訪問の記録に移るが、ここの記事については、一つお断りしておかねばならないことがある。基本的には会話の中で確実に理解したことのみを記すつもりであるが、ぼくはワイン関係の専門用語には強くない。また相手だって、アマチュアワイン愛好家の個人訪問客に対して、どこまで正確に説明してくれているかは何とも言えないような話も聞く。もし何か不審な記述にお気づきの方は、メール等でお知らせいただけると大変ありがたい。


カルトホイザーホーフ ティレル(Karthaeuserhof Tyrell)醸造所


--- 当醸造所の歴代ラベル ---

左端は前世紀のもの。左から3番目は1942年、紙にも事欠いた時代のもの。


8月5日午後訪問。トリアー側から村に入ってすぐの分かれ道の脇に、見なれたラベルをかたどった看板があり、難なく辿り着く。電話をしたときは、オーナーのティレル氏は風邪で休養中なのでケラーマイスター氏が応対してくれるとのことであったが、先客が長引いていたので結局ティレル氏自身が風邪を押して前半の応対をしてくれ、後半のケラー見学と試飲をケラーマイスター氏に応対していただいた。

醸造所の由来や畑の広さ・収穫量等について一通りの説明を受けたのち、プレス機のある部屋へ向かう。最新式の大型自動プレスに並んで、やや旧式の小型プレスがある。アイスヴァインのプレスの時は、量が少ないこともさる事ながら、状況を見ながらの機敏な対応にはこの手動制御の(動力源は機械式であるがプレスの加減は人間が制御弁をマニュアル操作する)旧式プレスの方が使い勝手がよいという。

続いて、ケラーマイスター氏にバトンタッチしてケラーへ向かう。古びたケラーの中には、約10年前に導入を始めたという、ピカピカのステンレスタンクが並ぶ。一部足りない分に強化プラスチック製タンクを使う以外は、今は原則としてこのステンレスタンクで発酵・熟成を行ない、別のところに残る木樽は基本的に使わないという。更に発酵タンクのある区画には空調も入っており、低温発酵によるフレッシュなワイン造りがこの醸造所の基本方針との説明を裏付けている。また、低温発酵のため、生じた二酸化炭素はワイン中により多く溶け込むという。ここのワインは微発泡性を感じることが多いが、それもまたこの低温発酵に由来するものだとの説明を受ける。

ケラー見学の後、ケラー職員の事務所みたいな部屋で試飲に移る。メインゲストであるKonya氏の意向で辛口・半辛口はパスして、中甘口〜甘口のカビネット、シュペートレーゼ、アウスレーゼを試飲させていただく。いずれも97年のものである。ぼくには試飲の批評を書くだけの知識や経験はないが、ただ一言、渡独以来これまでこの醸造所のワインを飲む機会が非常に少なかったことを、非常に悔やんだということを記しておこう。

醸造所脇の斜面の畑のブドウの樹は、この地方独特の伝統的な「杭作り」ではなく、他の地方で一般的な「垣根作り」である。(注:我々が見た目の前の畑がそうだったというだけで、100%そうだかどうかは聞かなかったので分からない。)モーゼル地方の土壌というと、石ころごろごろの痩せた土地という、これまたステレオタイプ的先入観を持っていたが、ここの畑の地面は、わりと普通の「土」に見える。それでいて、出来るワインは全く重さを感じないものであるところが面白い。


フォン ヘーフェル(von Hoevel)醸造所

8月6日午前訪問。このオーバーエンメルン(Oberemmel)という村、かつて(94年10月9日)かの有名なシャルツホーフベルク(Scharzhofberg)のブドウ畑見物に来た帰り、たまたまやっていた「新酒祭り」(Federweisserfest)のカンバンを見て立ち寄ったことがある。先にも書いた通り、この村にも一流ワインを産する著名醸造所があるなんてことは、つい先日まで全く知らなかった。

村の地図を見て、集落の外れにある大農家風の館に辿り着く。通用口脇の小さな事務所で一人でコンピュータに向かっていた紳士が、ここのオーナーらしい。この蔵は、かの有名なシャルツホーフベルク(Scharzhofberg)と、この村にあるヒュッテ(Huette)という畑を2枚看板として持っている。キレイな応接間に通され、早速試飲を始める。ここでもKonya氏のお願いで中甘口〜甘口ワインに専念する。最初はシャルツホーフベルクのカビネットだったか。傍らのKonya氏、開口一番「やっぱりシャルツの香がする」と。経験の少ないぼくとぼくの妻には、恥ずかしながら「クリーンで、とってもおいしい」という以上の言葉が出ない。試飲が進み、何とアウスレーゼのゴールドカプセルや、はてはベーレンアウスレーゼまでいただく。正直な話、「こんな世界があったんだ」と、今更のように思う。Konya氏もいたく感激の模様。ここでもまた、この地方のワインにいままで手を出していなかったことを悔やむ。

オーナー氏曰く、アウスレーゼのゴールドカプセル以上では粒単位の選別を行なうが、この醸造所では収穫人にはそれを任せず、農場に持ちかえって身内の熟練者のみでこの選別作業をすると言う。また、昨日の訪問先では尋ねそびれたが、アイスヴァインの造り方について質問した。といっても難しい話ではなく、ブドウ保護のビニールシートの類を使うのかどうかという質問だ。以下のような答えが返ってきた。

「ウチは使わない。ラインガウじゃ一般的らしいが、モーゼルでは他の人達もあまり使わないと思う。あれをやると結局ミニ温室みたいになってブドウが熟しすぎ、アイスヴァインらしいクリーンさが失われる。悪天候の時などブドウの保護にはなるが、そうでないときは特に無くてもよい。ウチは『できるだけ自然に』をモットーとしているので、使わない。確かに、その分収穫量は少なくなるけどね。」
なるほど、と頷く。と同時に、価格表を見て、これまた立派なアイスヴァインの値段にもあらためて頷く。並級アウスレーゼ以下の価格はラインガウの一流どころより若干安いめであるが、アイスヴァインに関してはラインガウでも最高級のところの価格に、まったくひけを取らない。これはひとえに、作り方の違いによる収量の違いが反映しているものと解した。それにしても、「ところ変われば.....」である。

たっぷりの試飲の後、ケラーへ向かう。予想に反して(?)100%木樽発酵・熟成である。とある知人(この世界に詳しい)からは、「ドイツワインの一流蔵元の間では、最近は『フルーティー&クリーン』が理想とされ、積極的な温度管理が可能なステンレスタンクの導入が全盛である」と聞いていたし、試飲の印象がこれまた『フルーティー&クリーン』通りだったので、余計意外に思った。オーナー氏曰く、「木樽といっても使い込んだものだから木の香りが出るでもなく、ケラーも至って低温なので、別にステンレスにしなくても低温でクリーンな発酵が可能だ。特にステンレスタンクの必要を感じない」と。というわけで、特に「木樽で無ければならない」と主張するわけではなく、「必要が無い限り、できるだけ自然に」という考えのようだ。

部屋に戻り、丁寧な応対と豪勢な試飲に重ねて礼を述べて、次の目的地へと向かう。


ヨルダン & ヨルダン(Jordan & Jordan)醸造所


--- ケラ−にて、オーナーのヨルダン氏とKonya氏 ---


8月6日午後訪問。挨拶の直後、「ちょっと待っててね、今インターネットを切るから」と。後で聞くと、ここのオーナーは自前のホームページをお持ちとのこと。URLはhttp://www.saarwein.com/なり。ドイツ語に加えて英語ページもある....という所までは確認したが、まだ中身を見ていない。

さて訪問記に戻ろう。まずは応接兼試飲室にて説明を聞く。この醸造所、かつてBernd van Volxemという名前の醸造所であったが、現オーナーのヨルダン氏が1993年に買い取り、今の名前になった。ちなみにヨルダン氏は電子機器関係の仕事からの転職だという。ここのワインは、この地方の物としてはちょっと異色である。というのも、現オーナーはもともとフランスのブルゴーニュあたりのワインに馴染みが深く、ここドイツでも、食事とともに飲むようなアルコール分の高い辛口の高品質ワインを作ることを目指しているという。ではなぜ、その目的には正反対のようなザール地方の醸造所を買ったのかという疑問がわいたので尋ねたところ、「優良なブドウ畑というのは、そう滅多に売りに出るものではない。たまたま、非常に優良な畑をもつこの醸造所が買い手を探していたので、ここでワイン作りを始めることにした」とのこと。もうひとつ記憶に残っているのは「古い樹」の話。一部の畑には、樹齢100年を超える、接木をしていない純正リースリングの区画がある。このような老木からは、収穫量は少ないが、より「練れた」ワインが出来るので、辛口ワインには特に適するのだという。

....というような話ののち、ケラーへ入る。この地方の伝統的スタイルとでもいうべき、1000リットル入りの木樽が並ぶ。先ほどのヘーフェル醸造所とは違い、ヨルダン氏は木樽の効能(?)を積極的に主張する。また、樽熟期間もこの地方の通例よりかなり長く、例えば97年のワインはまだほとんどビン詰めしていないという。(注:今回訪れた他の醸造所では、だいたい4月から6月にかけてビン詰めするようなところが多かった。)

地上にある空調入り倉庫から試飲に供するワインを数本持ち出し、応接兼試飲室へ戻って試飲する。確かにどのワインも、この地方としては異例にアルコール分が高い。日頃典型的なモーゼル・ザール・ルーヴァーのワインを愛飲するKonya氏にはちょっと違和感があったようだが、日頃ラインガウやプファルツのワインに馴染みの深いぼくには、なんとなく「飲みなれた雰囲気」を感じた。最後に、前オーナーの時分のアウスレーゼを2種(いずれも90年)試飲した。こちらはアルコール度も低く、典型的なザールのワインという感じで、ヨルダン氏には悪いが、Konya氏はこちらのほうがずっと好みだったようだ。

このヨルダン氏、試飲でもぐいぐい飲み、最後の方は結構言い気持ちになっていたようでいろいろ話が弾んだが、正直にもう一軒予定があることを告げて辞する。





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