マニアックな音楽話。
近頃、街角やTVのなかで、Herbie HancockのRock itが掛かっているのを耳にする機会が多いようにおもう。
"スクラッチ"は、いまだに、クラブDJやそれを模したアーケード・ゲームのなかに市民権を持っていて、そのために違和感がないのだろう。
しかし、この曲がヒットした当時(1982)、スクラッチをはじめてポップソングに仕入れたのはHerbieじゃなくてオレがプロデュースしたMalcolm
McLarenだったのだと、Trevor Hornは怒ったとか、怒らないとか。
Trevor Hornは「Video Killed The Radio Star(ラジオスターの悲劇)」のヒット(1979)で知られるBugglesの片割れであり、その後はミュージシャンとしてよりもそのプロデュース・ワークで知られている。
特に、NME(New Musical Express、イギリスの週刊音楽紙)の敏腕ライターとして知られたPaul
Morleyらと組んで設立した"ZTT"レーベルは、まさに時代のメルクマールとして記憶されるにふさわしいものだった。
ZTTからはFrankie Goes To Hollywood、PROPAGANDA、時代をくだってから808 STATEなどを輩出したけれど、とくに記憶にとどめておくべきは、ZTTのホーム・バンドであったというべきThe
Art Of Noiseである。
INTO BATTLE WITH ART OF NOISEと題されたデビュー12"シングル(1983)は、そのジャケットといい、音楽といい、音楽を"生産"するスタイルといい、記念碑的なレコードであったとおもう。ジャケットには、中世フランドルの魅惑的な画家ファン・アイクの『キリストの騎士たち』の一部が、さりげなく引用されていた。メンバーの紹介や顔写真はいっさいなく、グループの簡潔な説明があるのみ。…The
group are perfectly capable of intelligent conversation.等。
この12"シングルでA面はじめのイントロ"BATTLE"につづいて2曲目にあった"BeatBox"は、その後"Close(To
The Edit)"、"Close-up"、"Closed-up"だとかのかたちでさまざまに"マイナー・チェンジ"がほどこされて発表されていった。元ネタを様々にアレンジして(差異化して)市場に送り出すというのは、彼らの十八番だった。Paul
Morleyは言った…"People Buy Anything!"。いかにもpost-modernな、戦略としての音楽"生産"業といった態度である。
何がintelligent conversationなのかというと、まず、ZTT(Zang Tuum Tumb)という名称、Art
Of Noiseという名称は、ともに、今世紀初頭のイタリア未来派からの引用なのである。坂本龍一が『未来派野郎』のときにTrevor
Hornにプロデュースを頼んだというのも、そのあたりからだろう。(実際には、半年待ってくれと言われたそうで、実現しなかった)。そして、ジャケットをやたらと饒舌に飾る文章と引用の類。INTO
BATTLEではH.G.Wellsを引き合いに出し、PROPAGANDAの12"シングル"p-Machinery"のジャケットにはJ.G.Ballardの引用、さらにはそのデビューシングル"Dr.
Mabuse"にはTh.Adorno+M.Horkheimerの『啓蒙の弁証法』からの引用まで登場した。"Deceit
and propaganda are inseparable…"。Dr. Mabuseというタイトル自体、もちろん、Fritz
Langの映画からの引用である(PROPAGANDAはドイツ系メンバーのバンドだった)。
☆
それからもう15年以上を経過したいまも、午後8時を前にした頃にVirgin
MEGA STORE神戸店に行くと、閉店の音楽として使われているのがThe Art
Of NoiseのMOMENTS IN LOVEであることに気付く。流石のグッド・センスというべきだろう。 Share
MOMENTS IN LOVE with heART OF NOISE。
この曲を"GREATEST LOVE SONG EVER WRITTEN"、と、かつてPaul Morleyは言った。
資料として
Herbie Hancock "Rockit/Mega Mix" Columbia (1982)
Malcolm McLaren "Duck Rock" Island (1983)
Buggles "Age of Plastic" Island (1980)
The Art Of Noise "Into Battle with the Art of Noise" ZTT/Island (1983)
…これはもう手に入らないでしょうが、ファースト・アルバムである
The Art Of Noise "(Who's Afraid Of?) The Art of Noise!" ZTT/Island (1984)
でしたら現在もCDで販売されています。
なお、本稿作成にも参考にした強力な音楽データベースサイトを紹介します。
ALL MUSIC GUIDE
http://www.allmusic.com/ |