99DDW in Orlando, Florida
5/15日午前9時に自宅を出発.成田を夕方に出発し9時間ほどでサンフランシスコに到着しました.懐かしいカリフォルニアの日差しに暫し感動.ここで飛行機を乗り換え,Orlandoに向けて出発.
飛行機の窓からはシェラネバダ山脈がはっきりと見えました.つい一年前はここに遊びに行ったことを懐かしく思い出しました.
さらにコロラド上空を飛びました.ここは私の好きなところで,一面の畑が飛行機から見えました.前に一度行ったことがありますが,北海道と似た景色のところです.
ついに5/15,午後10時30分にOrlandoにつきました.着陸する前には飛行機の下で,ディズニーワールドから打ち上げられた花火がきれいに見えました.入国審査を難なく済ませて,さてすぐにhotelで休みたいと思うところですが,空港からhotelまで料金が安い乗り合いバスを利用することにしたのですが,これがいい加減で,全然迎えにこない.結局何度か遅いと文句を言ったのですが,車に乗るまで45分待たされました.hotelに着いたのが5/16午前0時でした.26時間の長旅でした.翌日は朝8時から自分のポスターの発表が始まります.すぐにbedに休みましたが,時差で全く眠れません.仕方がないので朝の5時に起きだし,走ることにしました.
会場はこんな感じです.とにかく巨大です.端から端まで2Kmあるといいます.恐るべしです.内部ではESPNというcable TV会社が会場で学会をクローズドサーキットで中継していました.この放送は24時間,hotelでも見ることができます.参加人数は4-5万人だそうです.とにかくけた外れです.
私の演題を撮りました.一般演題だけで5000もの数があります.ポスターの前で立っていると,質問がたくさん浴びせられます.
学会は朝の8時から夕方6時までほとんど休みなく続きます.その他に有料ですが,教育講演がたくさんあり,これらはあさ6時過ぎから開始されます.学会場にはその他医療器械メーカーの展示場もありました.はでな演出をふんだんに盛り込んで,盛んに我々にアピールしていました.Helicobacter Pylori感染の有無を血液で10分間で判定してくれるデモもあって,私もやってもらいましたが,案の定陽性でした.私はもともとnon-ulcer dyspepsiaの傾向があるので,たぶん感染しているのではと思っていました.それでも少しshockです.
アメリカの製薬メーカーはけたが違います.展示場で,飲食物や本その他の小物をただで提供するだけではなく,学会が終わった夜にはディズニーワールドやsea worldに無料バスをチャーターして,もちろんただで連れていってくれました.食事を提供してもらい,さらにシャチのショーなどで楽しませてくれました.
ポスターの発表が終わるとさらに5/18,19に一題ずつ口答発表がありました.共同演者の教授は,私の発表の時にはちょうど他のforumの座長に当たっていて,来てもらえませんでした.そのため自分一人で全ての質問に対応しなければいけませんでした.質問は一演題に4-5個も寄せられました.しかしこの中の1-2個は的はずれか,私の発表をきちんと聞いていずに質問したものでした.以前なら,こんな質問に対しても,何か裏に重大な意味が隠されているのではないのかと,答えに窮するところでしたが,度胸が付いた今は"それなら私がおしえてあげます"といった姿勢で,余裕をもって対処することができました.やはり英語の受け答えというのは,自分の姿勢一つで,こんなにも違うものなのだと自覚しました.2年の留学生活で身につけた,この度胸が最も重要なものであったのかもしれません.
Olrandoのhotel街です.真夜中に出歩いても全く危険を感じることはありませんでした.気温は日中は蒸し暑いのですが,夜は涼しく,New Olreansなどに比べると遙かに過ごしやすいです.学会最終日を終了して,家族に,みあげものを買いに街を歩きました.
街角の風景です.junk foodの店の前に翻るアメリカ国旗です.明日,もう日本に帰らなければならないと思うと何か妙に寂しくなりました.やはり自分はアメリカという国や社会が気に入っているのだと.日本に帰れば毎日きちんとした服装をして,職場に通わなければならないし,いろいろ気を使わなければならないことも多いです.確かに日本は自由の国ですが,traditional.アメリカは画一的な考えを嫌い,個人の個性を認めるという違いがあります.日本では到底考えられませんが,DDWのような大きな学会であっても,演者はネクタイをしていない人もたくさんいるし,参加者の中には,短パンとTシャツと言う人もいます.しかしそれが何の違和感もなく自然にとけ込んでいるのです.私もアメリカの学会に参加するときはネクタイは締めません.留学中,研究室に通うときは,上半身裸で自転車で通っていました.日本では考えられないことです.教授が良く私に言っていました.あなたはアメリカ人ではないが最もアメリカ人らしいと.そう言われてみると,自分はこちらで暮らした方が,より快適な生活ができるのではないかと思いました.将来,また短期間でもいいからこちらで働く機会が得られればと今回思いました.
翌日は朝の4時に起きて空港に向かい,26時間かかって札幌の自宅につきました.最後の夜に風邪をひいてしまったため,飛行機の中ではずっと調子が悪くて寝ていたため,逆に時差は全くありませんでした.
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