オンラインエッセイ 届けなかったラブレター/私からあなたに '97


出し忘れてしまったラブレターのように思いはうまく伝わらない

出せなかったのか、出さなかったのかも思い出せないほど

遠い昔のことだけど


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目次

十二月のエッセイその2 「聖夜」

十二月のエッセイ 「目黒川」

十一月のエッセイ 「怠け者の眠り」

十月のエッセイ 「黄金の海」

九月のエッセイその2 「見ざる聞かざる言わざる」

九月のエッセイ 「めがね」

八月のエッセイ 「ばっばちゃん」

七月のエッセイ 「覚悟」

六月のエッセイ 「半袖の勇気」

五月のエッセイ 「永遠の平穏」


十二月 「聖夜」

一年に三日嫌いな日がある
バレンタインデーと誕生日
そしてクリスマスだ
そんな風に考えるのは
私一人かもしれないが
周りの温度が高くなるほど
自分の体温の低さに気づかされる
華やげば華やぐほど
取り残された気がする
いじけているのだ
ふてくされているのだ
遊んでもらえない 子供みたいなものだ
あぁ、情けない
無神教のくせに
この日だけクリスチャンみたいな顔をして
馬鹿騒ぎしてんじゃねえ
そう言ったら
クリスチャンは馬鹿騒ぎなんかしません
そう言われた
そういえばそうだね
聖なる夜だものね
フランスでは一晩中 食べているって聞いたけど
家族そろった 大切な儀式だというし
そうだよね
聖なる夜だものね
性なる夜じゃないよね
振り返ってみれば
碌でもない記憶しか残っていない
土曜の夜 休出した会社で食べたケーキは苦かった
ケーキが甘かった分 余計に苦かった
仕事帰りに繰り出した スナックのパーティー
あの時もらった ミッキーマウスのマグカップは
今も手付かずのままだ
そんなことを繰り返して後
この頃の私は
クリスマスになると
仏教徒のふりをして過ごす
「御免ね」「俺、ブッディストだから」
なんて、笑っちゃうね
似非クリスチャンと、どっちもどっちだね
あぁ、めちゃ恥ずかしい
「嫌いな日」があるんじゃなくて
「恥ずかしい日」があるのかもしれないね
クリスチャンでないことに感謝して
朝まで騒ぐもよし
クリスチャンであることに感謝して
静かに祈りを捧げるもよし
仏教徒であることに感謝して
われ関せずを決め込むもよし
それぞれの人にそれぞれの
あなたにはあなただけのクリスマス
一年に三日嫌いな日がある
バレンタインデーと誕生日
そしてクリスマスだ
明日はそのクリスマス
聖なる夜に
一日だけの仏教徒から
Merry Christmas to You
あなたの明日が いい日でありますように
あなたの今が 輝きますように
そうだ、明日の夜は
空を見上げてみよう
流れ星が見えるかもしれない
なんたって
聖なる夜だもの
もし見えたら願い事をしよう
なんたって
聖なる、夜、だもの

十二月「目黒川」

駅から会社までの途中に
幅4メートル程の川がある
それが目黒川である
海が近く 流れは緩やかである
ほとんど止まっていることもある
毎日、この川を渡って会社に向かう
一時は悪臭漂う どぶ川だった
ヘドロをさらい 運搬する船を何回か見た
それが 浄化作戦が効を奏したのか
少しきれいになった
但しほんの少しだ
相変わらず川は死んでいる
汚れた緑色の上に
泥水を被せたようだ
その泥水のほんの上澄みだけが
コーティング剤のように
川面を覆っている
流れがないからそう見えるのか
そういう目で見るからか
そんな風に見えることがある
時々上流で何か変なものでも流すのか
川がピンクや青になることさえある
さすがにこれを「キレイ」と思う人は居ないだろうが
それほど悪いことだとも思っていないのだろう
生活排水を垂れ流しの我が身と同じである
そんな身勝手な人間たちの思いをよそに
それでも川は生きている
たとえば黄色い枯れ葉が流れてゆく
ゆっくりではあるが
海に向かって旅を続けている
たとえば光る川面を見つめて母子がいる
風は冷たくても
希望にあふれて何か話し合っている
わずかな光を集めて
きらきらと川面が光っている
コンクリートに固められた
都会の川
目黒川の
暗く沈んだ緑の流れを
横目で会社に向かいながら
昔はどんな川だったのだろうかと思った

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十一月 「怠け者の眠り」

学生の頃からものぐさで
大学に入って時間割が自由に決められるようになったのをいいことに
一時限目の授業は取らないようにした
この制約の中で単位を確保するのは
結構苦労するのだが
朝遅くてもいいことのメリットに比べれば
なんてことはない
そんな感じであろうか
我ながら勉強する気があったのだろうかと思う
小学生の時の健康診断で、看護婦さんに
「血圧がありません」と言われたぐらいの低血圧ではあったが
不思議なことに朝起きれないということはなかった
結構さっと起きれる方であった
低血圧で困ったのは足の先が冷たくて
というより、痛くて
夜目が覚めることぐらいであった
だから、朝寝が好きなのは
基本的にぐうたらなだけのことである
朝寝どころか、昼寝も、夜寝も
とにかく布団の中に居るのが好きだった
正月休みなどは
着た切りスズメのまま
まさに、布団と炬燵の2個所のみで時間を過ごした
布団で暮らしていたようなものだ
あの、冬の寒い朝
体温で大切に温めた
防護壁のような空気の固まりに
じっと守られながら
手が届く範囲の空間だけで
時間を過ごすことが楽しかった
本を読んでは、眠り
眠っては、また本を読む
そんなことで一日を潰すこともあった
時々は、食事も布団まで運んでもらった
まさに、怠惰な日々である
誰に似たんだろうという顔をする親に
あなたに似る以外の選択肢は俺にはない
とは、決して言えなかったが
多分、親から引き継いだものなのだろう
もちろん兄弟がみんなこんな風なわけではないので
全面的に親の責任とは言えないが
さりとて、全くの無実であるとも言えない
と、自分では勝手に決め込んでいた
今考えても不思議なのは
あの頃は
あんなに長く眠ることが出来たのに
どうしてこの頃は
長い眠りが出来ないのだろう
疲労なら、寄付したいぐらいにたっぷりなのに
とても、あんなに長い時間
眠ることができない体になってしまった
悔しいぐらいに、目が覚める
悲しいほど眠りも浅い
それは、結構ショックなことだ
「ああ、眠るのにも体力がいるんだなぁ」
体力を付けるために眠るのではなく
体力があるから眠れるのだと
気が付くことのショックである
情けなくて、もったいなくて
もう一度眠りにつく
すると、なぜかこの時だけは
学生の頃の、あの
ふんわかとした、布団の温もりを
感じることが出来る
ぐっすり眠れる
遠慮して目覚しも鳴らない
で、時々遅刻しそうになる
不思議なことだ

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十月 「黄金の海」

社会人になってすぐの夏休みだったろうか
友の実家の熊本に遊びに行ったことがある
別にすることもなく、夏休みに実家に帰省するという
友にくっついていったわけだ
勿論、飛行機なぞは使わない
新幹線で北九州まで、延々八時間
ここに友の兄が住んでおり
ここでまず一泊
翌日、また一日かけて
車で熊本に向かうという案配であった
修学旅行以来の九州であった
その時の話を、後に笑い話として
飲んだ時に、よくした
いわゆる珍道中の類である
今考えても
我ながら図々しい、と思う
その分”えらい目”にあった、とも思う
それらの話とは別に
友にも語らなかったが
この時強く印象に残った景色がある
今でも時折、蘇ってくる
ある情景がある
友の実家に着いた翌日の朝だった
昔風の家の、庭に面した廊下にすわり
なんとなく外を眺めると
そこには”千枚田”というのだろうか
傾斜地に作られた水田が広がっていた
前日は夕方に着いたこともあり
その時初めて、このあたりのそこここに
小さい水田があることに気がついた
良く手入れされているのだろう
早くも色づき、豊かに実っていた
そこで見た稲穂の色は
今まで見たそれとは明らかに違っていて
単なる黄色というのではない
もっとやわらかな
温かみのある、明るいもので
それがまるで
捌けでサーっと、一気に塗られたように
一面に広がっていた
少しの濁りも、混ざりけもなく
一面に広がっていた
花が咲いているようにも見えた
その色に染まった稲穂が
突然の風で揺れた
風に揺らぐ稲穂が
まるで波紋のように広がってゆき
私の目の前でゆらゆら、とうねっていた
「黄金の海だ」
そう思った
そうか、これが「黄金色(おうごんいろ)」なんだ
そう思った
黄金の海原に吹く風も
私の周りの空気も
きらきらと、輝いて見えた
そんな幸せな情景であった
あれ以来、「黄金の海」を見たことはない
あれ以上きれいな景色に
お目にかかったことがない
過ぎただけではだめで
遠く過ぎ去って初めて
気が付くことがあるということだろうか

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九月その2 「見ざる聞かざる言わざる」

机の上に、小さな置物がのっている
木彫りで出来た、小さな置物だ
うっすらと埃をかぶった
”見ざる聞かざる言わざる”の三匹の置物だ
どこの机だったかは忘れた
自分の机だったのか、他人の机だったのかも判然としない
もしかしたら現実ではない、とも思ったりする
両手で目を、耳を、口を押さえた
年取った三匹の猿は
私に大人になるとはどういうことかを教えようとしている
真っ白なノートに何かを書き足してゆく
まっさらな砂浜に地図を書く
そんな風に人は人生を重ねてゆく
学生時代の大学ノートは
黄ばんで破れてかすれてしまった
まるで今の自分の身代わりになったように
黄ばんで破れて色褪せてしまった
まるで私の過去を吸い取るように
つたない文章が続いている
これでもか、これでもかと
窓から見える空をみては、よく空想にふけっていた
あの頃、あの窓から見える小さくて青い空が
私の安心できる世界だったのだろう
ものぐさで、なまけものの将来は
決して明るくはないと
自分なりにうすうす気づいていたのかもしれない
少しでもスタートを遅らせようとして
日がな一日、何もしないで
ただ、ぼーっとしていた
たんなる、逃げじゃないか
そう言ってやろうか
おい、いつまで寝てるんだ
そう言ってやろうか
空を眺めるのに飽きると、ノートに何か書いたりして時間を過ごした
いやだなぁ
漠然とした不安が待っていた
未来が避けられないと知ったのは
ずっと経ってからのことだ
両手で目を、口を、耳を押さえた
年取った三匹の猿は
私に大人になるとはどういうことかを教えようとしている
机の上に、小さな置物がのっている
木彫りで出来た、小さな置物だ
うっすらと埃をかぶった
”見ざる聞かざる言わざる”の三匹の置物だ
誰の机だったかは忘れた
自分の机だったのか、他人の机だったのかも判然としない
もしかしたら空想の産物、とも思ったりする

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九月 「めがね」

「めがね」をかけていた人が「コンタクト」にする
おやっ と思う、成る程っと思う
勿論、男性でも女性でも、そんな風に思う
本人にとっても、何かちょっとした心の持ちようが変わったりするのだろう
ちょっと、違うぞ なんて雰囲気を醸し出そうとする
女性にとっては、意外と勇気がいることかもしれない、とも思う
サングラスをかけたりすると外界から遮断され
あちら側からは、こちら側が見えないのに
こちら側からは、あちら側が見えたりする
そんなことで、少しおどおどしたところがなくなったりする
ちょっと偉そうになったりする
ウォークマンも同じような効果を発揮することがある
これに対してめがねを外すのは、どんな感じなのだろう
無防備で外の世界に飛び出す
ちょっと大袈裟か
しかし、ある種の防衛壁であるのは事実であろう
「おどおど」した自分が嫌いなんだ
「めがね」が嫌いなんじゃない
と歌った歌手がいる
実は、今その歌を聞きながらこの文を書いている
歌の言葉の力を借りながら、この文を書いている
めがねでもコンタクトでも、世の中をはっきり見ることだ
自分をちゃんと見せることだ
こちら側から、覗き込んでいる?
あちら側から、覗き込んでいる?
自分自身を、覗き込んでいる
「びくびく」しながらを、捨てられるなら、コンタクトもいい
「めがね」をかけている人は御嫁の貰い手が少ないんだ
そう言った、中学の英語の女性教師を思い出す
「ひど〜い」と言った女生徒の非難の声を聞きながら
そおかなぁ、そんなことないんじゃないかなぁ、と思った
しかし「ひど〜い」と言った彼女たちもその後続々と「コンタクト」派になった
「めがね」擁護派だった私は、誰にもこの事を言わないまま中学を卒業した
今思えば、好きだったテニス部の少女は
勉強のときには「めがね」をかけていた
「めがね」をかけていても、いなくても
とてもチャーミングな娘だった
高嶺の花だった
何も言わないまま
何も聞けないまま、少女は卒業していった
今ではあのテニス部の少女も「コンタクト」派になったのだろうか
きっとそうだろう、いつまでもあのままの少女のはずがない
もう二十年以上も前の、あの少女のままでいるはずが
もっとも、私は今でも「めがね」擁護派なのだが

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八月 「ばっぱちゃん」

「ばっぱちゃん」 父、母の生まれ故郷の福島では
「祖母」のことを親しみと敬愛をこめて、こう呼ぶ
やさしかった「祖母」を私たち兄弟も もちろんこう呼んだ
夏休みになると、よくこの父、母の故郷に遊びにいった
「いなか」に行くと喜んで
長いときは一月もの長期滞在になるのだから
今考えれば、えらい迷惑だったのではないかと思う
この間に父の生家と母の実家をいったり来たりしていた
子供の足でも1時間はかからない
隣村の家まで歩いたことも何回かあった
ちょうど同じ歳ぐらいの子供が両家にいたこと
都心では見かけなくなっていた昆虫がとれたこと
そんなことが随分気に入っていた
時々、蛇の恐怖を味わうこともご愛敬であった
鬼やんま、銀やんま
クワガタ、カブトムシ
随分贅沢な遊びをしていたものだ
シオカラとんぼを捕まえて、鬼やんまのえさにした
カブトムシに糸を結んで、無理矢理空を飛ばした
みんな、ここで教わった
少女雑誌を知ったのもここだ
一夏、「りぼん」などの雑誌を読みふけっていた
この時、軟弱な性格が培われたのだろうか
物心ついた時には、母方の「ばっぱちゃん」だけが健在だった
母方の実家は結構えらい坊さんだったこともあり
「ばっぱちゃん」はなかなかに気品のある人であった
しかし不思議なことに記憶の中の「ばっぱちゃん」の顔は
黒枠の写真でみた、その「顔」でしかない
「ばっぱちゃん」の声は記憶にさえない
もしかしたら、一夏の中で数えるほどしか
顔をあわせなかったのかもしれない
尊敬もされていたが 少し疎ましい
そんな存在であったのかもしれない
広い家の奥に「ばっぱちゃん」の部屋があった
裏が竹薮で少し肌寒い
なんとなく薄暗い感じであった
あまり近寄ってはいけない、と言われていた
そういえば食事もひとり自分の部屋で食べていた
別の食事だったようなので
あまり人に老いという「弱み」を見せたくない
そんなこと、だったのかもしれないが
子供の私にはよくはわからなかった
どうでもいいことであった
そんな大好きだった
「いなか」にも
高校に入学してからは行くこともなくなった
やさしかった「ばっぱちゃん」も
小学校高学年のときに亡くなった
黒い枠に飾られた
写真の「ばっぱちゃん」は
今もかすかに微笑んでいるのだろうか

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七月 「覚悟」

梅雨を忘れたような 圧倒的な暑さだ
なんか怒られているような そんな暑さだ
小さいころに感じていた「がっ」と向かってくる あの夏の暑さとは違う
そんな感じを抱くようになってから もう随分たってしまった
そういえば寝苦しい夜も あれほどひどくはなかった気がする
何しろ真夏でも雨戸を閉めていたくらいだから
誰でも いつでも 過去を美化してしまうものだとしても
何かどんどん そうどんどん悪くなってしまったような気がする
楽観論も悲観論も無用に願いたいが 覚悟だけはしておく必要がある
なんの足しにもならないかもしれないが
自分なりの覚悟を
「何をどうするって?」
挑むような太陽が 嘲笑ってもいいじゃないか
少し視界が霞んでいるのは 夏の暑さのせいばかりとは言えない
どこかネジが飛んでしまった 「わたし」が
なんとか 生きてゆくための
精いっぱいの反抗なのだから
流されまいとする
精いっぱいの

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六月 「半袖の勇気」

衣更えの季節である

少し肌寒いかもしれないけれど

潔く、思い切って半袖にしてみよう

男は男らしく、女は女らしく

捨て去るためではなく、振り向くためでもなく

少しだけ肩の力を抜くために

気が付くと、頑張れの声援の中で

つい、背伸びをしてしまう自分がいる

頑張れとつい、言ってしまう自分がいる

そんな風に歩いてきた

そんなことがちょっと気になりだしたら

さあ

思い切って、潔く


早朝の草木の息遣いが はっきりとわかる季節になってきた

青臭いとでもいえばいいのだろうか 萌えいずる生命の香りだ

”六月の雨には六月の花咲く 花の命は短いけれど”

と詠った詩人の目に六月はどう映るのだろう

朝方の雨にあらわれた街路樹も 濡れた歩道も

少しばかり眩しく感じるのは

半袖の腕に感じる 風のせいだろう

昨日と何もかわらない

街も、空も、川も

それでも 少し眩しいのは

深呼吸して

いつもよりゆっくり歩いてみた

そんな 気まぐれのせいだろう

あめ、あめ、ふれふれ、母さんが

蛇の目でお迎え うれしいな

幼子が走りすぎてゆく六月の何気ない風景である

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五月 「永遠の平穏」

 風も緑も薫る五月

 初夏と呼ぶにはまだ早すぎる

 長袖では汗ばむような、日差しの中の

 惜しげもなく吹き出す公園の噴水

 去年の夏は日照り続きで、節水にないた水柱も

 今日は元気に空をめざしている

 餌をもらい慣れた、むくんだハトが

 蔑(さげす)みのまなざしを気にするでなく、怒るでなく

 悠々と空を舞っている

 ここまではとどかないだろうと

 水柱と人間を見下ろしながら


 

公園に来て、小椋佳の歌を想いだす

 "公園に来て俺達は 一時の安らぎをさがす

しばらくはこうして 止った時間を見ていよう"

花がちって、緑だらけの葉桜の今

いつものように、カラオケで踊る老人

物珍しそうに眺める、写真をとる、手を叩く

今後何十年も続きそうな平穏の中に

忍び寄るものは一体なんだ

 "あさの雨にあぶれた 日雇いのおじさんがいる 公園にきて昼休み 背広きた勤め人5人

あわれみと軽べつ そしてまた羨む目でみてる"

真実を言ってはならないといった、あの

小椋佳が歌った公園は、今もそのままだろうか

あの頃の自分は、今もそのままだろうか

目の前を通り過ぎてゆく家族連れの、笑顔、安らぎ、充足

今後何十年も続きそうな平穏がそこにある

それは毎年桜が咲くように、決まりきったことなのだろう

日々強くなる日差しの向こうに

明日がかならず待っているような今後何十年も続きそうな平穏だ

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