ショートストーリー:いつかどこかで

いつかどこかで見た景色。いつか誰かに語った話。

泣きたいことがあるのが人生かもしれない。いつだって泣きたいことが

登場人物はいつだって
A男(例えば英雄)B子(例えば美子)。そして主人公はあなた。

あなたが思う通りに物語を読み進んでください。誰がどんな言葉を言ったのか、それはあなた次第なのです


目次

ストーリー10:遠いとこ

ストーリー9:おっ、いい女

ストーリー8:ずっと一緒

ストーリー7:取り説の恐怖

ストーリー6:…の気持ち(ちり紙の場合)

ストーリー5:駄目かもしれない

ストーリー4:独り言

ストーリー3:…の気持ち(台風の場合)

ストーリー2:先輩幸せに

ストーリー1:遠い異国の空の下

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ストーリー10:遠いとこ


暗闇で手探りである

ねえ、今度どこかに行かない?

どこってどこ?

恵子はちょっと首をかしげながら

うーん、どこか遠いとこ

遠いとこか

気乗りしないことに気づかれても仕方ないような僕の声

実際気乗りはしない


付き合って一年にもなると

なんかなー

欠伸をした

ジロっと恵子が見た

まじった、かな


遠い所ねぇ

ゆっくり繰り返した

そう、遠いとこ

それっきり会話は途切れた

どこか遠いとこ

ポツリと恵子

行きたいとこがあったら今度教えてよ

別れ際に僕は言った


うん、考えとく

小さく手を振った恵子と僕

街は暮れかけていた

暗闇で手探りである

今度って何時だよ

遠いとこって何処だよ

ちょっといらついていた


ストーリー9:おっ、いい女


待ち合わせをした

駅の改札を出てすぐの街角である

おっ、いい女

気候も良くなって、みんな薄着になっている

おおっ、奇麗な脚だ

カモシカみたいだ

今時こんなことは言わないか

こっちもいいぞ

やっぱミニだよなぁ

ナイスバディー

思わず口元がゆるんでしまう

あまりジロジロ見るのはまずい

さりげなくだ、さりげなく

おおー、これは凄い

生唾ごっくんである

目が吸い付けられてしまう

う、後ろ姿がまたキュート

ああ、忘れないように頭に刻み込んでおこう

こっちもなかなか

捨て難い

いかん、目移りしてしまう

さ、最近の学生は凄い

あんなかっこしてる

そこまでやるか

そりゃ犯罪だ

こらこら君はいかん

君がそんなかっこしちゃいかん

そこ、そこの君

退場しなさい

あっ、君も退場

そっちは教育的指導

いかん、急に質が落ちた

目が腐る

世の中美人が多いのである

でもひどいのも多いのである

あれもその一人だ

角の向こうから小走りで

待ち合わせの相手がやってきた

どうひいき目に見ても

イエローカードだ

服装も反則技だ

君も退場ですと宣言したい

そう思いながら実際は

「なんだよー、遅刻だぞ」

満面の笑みでもって


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ストーリー8:ずっと一緒


ひとりにせんとってね

君を一人になんてしないよ

きっとよ、約束

もう何回も同じ会話を交わした

深夜二人でビデオを見ている時

気がつけば君は私の手を握りまた聞いた

ひとりにせんとってね

ああ、しないよ

私は君の手をそっと優しく握り返した

盛りを過ぎた桜の並木道で

気がつけば君は組んだ腕をほどきながらまた囁いた

ひとりにせんとってね

心配性だなあ

ちょっと回りを気にしながら私から腕を組み直した

もう何回こうした会話を繰り返しただろう

君は甘えん坊でわがままで自分勝手だ

そんな君のどこにひかれたのだろう

もう今となっては思い出すこともない

随分昔のことだ

あの頃の君は世間知らずだった

そして今の君は恐いもの知らずだ


そんなことをなんとなく考えていたら

君はほっておかれたと思ったのか

私の顔を覗き込んで

いつものようにあの言葉を放った

質問なのか哀願なのか期待なのか

分からないような口調でもって

ひとりにせんとってね

しつこい!

結婚40年目にして始めていいたいことが言えた

鳩が豆鉄砲を食らったような君がそこにいた

そういつまでも甘やかしてはおけないのである


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ストーリー7:取り説の恐怖


とにかくこの取り説というもんは何を言いたいのかチンプンカンプンなのである

それもこれもエンジニアなどという国語の落ちこぼれ者どもが作っているからに違いない

これが日本語かと疑うような珍文、奇文のオンパレードだ

乱筆乱文などという程度を遥かに凌駕しておる

そのうえやたら他所の国の言葉が使われていて閉口する

例えばこれなんかは何を言ってるかさえわしには分からん


右にあるスイッチをひねると電源がオンします

オンぐらいはわしでも分かる。「上」のことだ。そうすると電源が上になるということだろうか、それとも電源の上に乗れということだろうか。ちょっとあざとかったか。この程度は特にどうということは、この程度も分からないで地下鉄に乗れるものか

ランプの点いたスイッチを押すと上から冷たい水が出てきます

下から水が出たら驚くがこのぐらいはなんてことはない

右上のHOTスイッチを押すとお湯が出ます。もう一度押すとオフします

さっそく横文字が出てきた。只のスイッチの方が10倍分かりやすいのに

スイッチは女性を扱うように優しく押して下さい。乱暴に扱いますと表面のガラスがxたりすることがあり危険です

これは皆目意味が分からない。ガラスが「バツ」たりするとはどういうことだろう。エンジニアというのは本当にこんな言葉を使ったりしているのだろうか

÷ふざけも度を過ぎると故障の原因になります

この注意書きも意味不明だ。どうしてこんな所に記号が出てくるのだろう

ご不明な点がございましたら「+け合いセンター」までtel下さい

これは日本語か。日本語に良く似た別の国の言葉ではないのだろうか

操作してもウントモスントモ言わなくなった場合はあきらめて最初まで−返して下さい

なんじゃこれは。少なくとも馬鹿にされていることだけは分かる。不愉快じゃ

もしそれでも駄目なら他の浮当たってみて下さい

誤植だろうか

そっちも駄目なら一πやって時間を潰してみて下さい

誤植に違いない

廊下はxないで下さい。老化は÷にあいません

この機械と関係ある文章なのだろうか

あんxそばが私は好きではありません。すき焼きは÷下を使うとうまいです

これも意味が不明じゃ。そばとかすき焼きになんの意味があるのだろうか、頭が痛くなってきた


部長、今回の「コンピュータによる自動取り扱い説明書作成システム」プロジェクトは失敗です

駄目だったか

どうもプログラムにバグがあったらしく、文章中に意味不明な個所が挿入されています

どれどれ、どこだ。ああ、このそばとすき焼きの所か

ええ、残念です。これさえなければ完璧だったのに

まあ、しょうがない。コンピュータも人の子だ。時にはミスもするさ


こんな会話が交わされているような気がするぐらいに、この取り説というやつはチンプンカンプンなのである。わしにはとてもついていけない


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ストーリー6:…の気持ち(ちり紙の場合)


そんな乱暴に引っ張らないでよ

どうしていつもそうなの

女のこの気持ちなんかこれっぽっちも分からないんだから

ちゃんと奇麗に開いてから使ってよ

いつも言ってるでしょ

そんなじゃけんにしなくってもいいじゃない

そりゃたしかにあたしはすれっからしよ

それは分かってるわよ

何しろ道行く人に只で配られたんだから

だからってあなたと会えたのは偶然だとは思えないの

そうでしょ

何万人もいる通行人と何百個もあるティッシュのうちから

あなたとあたしが出会えたのよ

奇跡とは言わないけど決して偶然なんかじゃない

そう思わない、思うでしょ。ねっ、思うわよね

それなのにどうしてそんなに無愛想なの

いけない人

やだ、またそんなふうに引っ張る

また乱暴に鼻をかむ

確かにもらい物だけど

もっと優しく扱ってくれてもいいんじゃない

それなのに

どうしてかんだ後しげしげと広げ直して

じっと見つめたりするの

鼻をかむ前にはあんなに素っ気無いのに

かんだ後だけ急に情熱的になるんだから

そんなに見ないで

そりゃ確かに今まではあなたのものだったかもしれないけど

少なくとも今はもうあたしの一部でもあるんだから

恥ずかしいって言ってるのに

それとも恥ずかしがるからわざと意地悪してるの

あっ、怒ったりしないから

そんなにあっさり捨てたりしないで

捨てないでって言ってるのに、この薄情者


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ストーリー5:駄目かもしれない


私たちもう駄目かもしれない

坂道を登りながら

君はポツリと呟いた

坂を上り切ったきったところにある街灯の下で

そうなんだ

私が言った

その言葉はどこに響くことなく

ただ暗闇に沈み込んでいった

私はそれ以外何も言わず

君はそれ以上何も聞かなかった

あの時

君は救いを求めていたのだろうか

それとも

意地悪な独り言だったのだろうか

つま先の冷たさに眠りが浅くなる

この季節に決まって思い出す

青い、そして苦い思い出である

私たち、駄目かもしれない

確かに君はあの時そう言った


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ストーリー4:独り言


ああ、これで今年ももう終わりか

なんかぱっとしない一年だったなあ

英生は窓から街を見る

不況のくせにみんな忙しそうにセカセカ歩きやがって

一体何が楽しみで生きてるんだ

独り言が多いね

はっとして回りを見回す

部屋には自分以外誰もいない

空耳か

空耳なんかじゃないよ

やはり空耳ではないようだ

いや、やっぱ幻聴だ

そうに決まっている

なんてこった、よりによってこんな年末になって

こういう時に行く病院はなんなんだ

内科でもないし耳鼻科でもない

神経科なんて病院があるのか

少なくともこの辺では見かけなかったぞ

別に病気じゃないさ

今度ははっきり聞こえた、ような気がした

気がしたが、しただけかもしれない

疑り深いんだなあ

そうさ、俺はいつだって慎重なんだ

人によっては臆病とかいうやつもいるが

決してそんなことはない

どっちでもいいよそんなこと

まだ話しは終わっていない、最後まで聞け

勇気がないわけじゃない

訳も分からずに突っ込むことが嫌いなんだ

恐いもの知らずが偉いわけじゃない

そこのところをみんな分かっていないんだ

分かった、分かった。それで満足した

満足したかっって?冗談じゃない

満足するために話したんじゃない

しつこいと嫌われるよ

いいかげんにしろ。しつこいのはどっちだ

嫌うなら勝手に嫌ってくれ

一々報告なんかするな

確かに独り言が多いな

友達に、お前このごろ独り言が多いぞ言われ

録音テープを回しっぱなしにしておいたのだが

再生してみて驚いた

こんなにぶつぶつ言ってるなんて知らなかった

一人暮らしが長くなると独り言が多くなるっていうが

まさか自分がそうなるなんて

自分の部屋だからいいようなものの

街中や会社でこうだと大変だ

へたをすれば変人・奇人扱いになるところだった

危ない、危ない

持つべきものは友達だ

これからはもっと注意して

うっかり変なことを口ずさまないようにしないと

君の忠告のお陰で助かったよ

英生は誰もいない部屋の天上を見上げて呟いた

友達じゃないか、気にするなよ

また空耳が聞こえた

これからもよろしく頼むよ

ただし、これはちょっとばかり照れくさかったのでそっと心の中で囁いた


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ストーリー3:…の気持ち(台風の場合)


中型で並みってあたしのこと

中型はまだいいとして

並みってのはないんじゃない

そりゃ確かに器量はそんなに良くないかもしれないけど

ちゃんと見てよ

腰だってちゃんとくびれてるんだから

ほら、結構いいでしょ

姿勢だって気を遣ってるんだから

背筋はしゃんとしてるでしょ

それなのに何よあの予報官ったら

失礼しちゃう

人のこと中心気圧と暴風圏で判断しちゃって

そりゃ、見かけはぱっとしないとこも有るかもしれないけど

そこら辺の娘と同じにしないで欲しいわ

目だって二重なんだから

化粧気がないのがいけないって言うの

冗談じゃないわよ

何時だって身だしなみには気を遣ってるし

肌だってまだ生まれたてすべすべなんだから

暴風圏だって、中心気圧だって

やる時にはやるんだから

でかきゃいいってもんでもないでしょ

怒らしたら恐いのよ

大人しそうだって見くびってると

火傷をするわよ

あたしは昔気質なの

自分からしゃしゃりでたりするのは好きじゃないの

それでもまだ、並みとか言うんなら

いいわよ上陸したって

出来たら穏便にしたいって思うけど

あたしの凄さが分からないならしょうがないわ

風がいいの、雨がいいの

御好きな方を選んでよ

勘弁してくれって言ったって遅いんだから

昔気質は純情なんだから

その純情が分からない唐変木は

一度痛い目に合わないと駄目ね

中型で並みの台風19号は勢力を保ったまま

今夜半から明日の朝にかけて関東地方に接近するおそれが高くなってきました

今後の台風情報に十分注意するとともに

まだ、分かってないのね

もう許さない

19号、19号って

ちゃんと詠子って名前で呼んでよ

覚悟しなさい

並みって言われて喜ぶ台風なんていないんだから、バカ

急遽進路を北西に変えた台風19号は再び勢力を強めながら…

上陸することが確実な模様です

まさに迷走する秋台風となりました

十分な注意が必要です

だから迷走じゃないって言ってるのに

本当にわからんちん

ほら、見てみて

自慢の腰つきなんだから

中身は濃いいのよ、あ・た・し


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ストーリー2:先輩幸せに


駄目だよ、勝手に開けちゃ

ええ、いいじゃないですか

何やってるんだ、こら。触るな、いじるな!

そんなこといってもなぁ、先輩がどんな暮らししてるか興味あるじゃないですか

忘れなさい。一切合切忘れないさい

そうはいかないよね、美子ちゃん

もちろん、ここまで来たんだから一切合切、根掘り葉掘り、とことんよねぇ英雄君

何言ってるんだ、約束が違うだろ

約束って何のことだっけ、英雄君

さあ、何のことでしったっけ、先輩

お前らなあ、いい加減にしろよ。とにかく適当に座ってくれや

もう、二人とも勝手に座ってます

おー、そうか。どうする、ビールでいいか

冷えてます?

ああ、ビールだけはいつだって臨戦態勢だぞ、うちは

グラスは奇麗ですか?

それは、分からないな。美子ちゃん、悪いけどグラス見繕ってくれない

グラスですか!なんか、まともなのは2つしかないですよ

じゃ、今洗うからちょっと待ってくれる

これから洗うんですか

ああ、文句あるか

いえ、全然ありません

はいよ、これが3つめ。俺のグラスにして

もう開けていいですか、ビール

うーん、何かつまみがいるよな

つまみは後でいいですよ、とにかく飲みましょうよ先輩

いや、そういうわけにもいかないだろう

いきます、いきます。とにかく乾杯。つまみはその後

その後って言っても、お前

そうですよ、とにかく乾杯しましょうよ

そうか、じゃ乾杯しとくか

あ、あたしが注ぎます

おお、悪い。それじゃ、とりあえずお疲れさん

かんぱーい

いやあ、結構いいとこ住んでるんですね

それほどでもないだろ

それほどです。2LDKですか、ここ

まあ、そんなとこかな

高かったでしょ、それじゃ

まあ、それなりに

いつからですか?昔は駅の反対側でしたよね

へえ、そうなんだ。詳しいねB子ちゃん

うん、新人の頃、教えてもらったことがあるの

怪しいな、俺の部屋に遊びに来 ないなんて言われたんじゃないの

何、馬鹿なこと言ってるんだよ。とにかく飲みなさい

はい、いただきます。先輩も飲んでください

おお、言われんでも飲むぞ、いくらでも。俺のビールだからな

ほら、君もやって、どうせ先輩のビールだから

そうね、じゃ遠慮なくどんどん飲んじゃおうかな

二人は会社の後輩だった。直接の仕事があるわけじゃなかったが、新人歓迎会で2次会まで付合わせた縁でその後も良く飲みにいった。その二人が婚約した。今日はその報告会だった。職場への正式な報告は来週以降になるという。その前に仲人をする部長と私に伝えておきたいと今日の飲み会になった。この所ちょっと仕事が忙しく、詳しく話しを聞く暇が無かったこともあり、二人の婚約をちゃんと聞いたのは今日が初めてだった。
もっとも、それなりにそんなこともあるのかなぁとは感じてはいた。もちろん私にとっても、かわいい二人の後輩の婚約である。喜ばしいことである。ただ、私も美子のことが好きだった。それだけのことである。ただ、それだけの。

それで、二人はいつから付合ってたの?

いつからってことはないですけど

ええ、いつからってことはない。まあ、そういう話は披露宴の2次会とかでじっくりきかせてもらうとしよう

ええっ!、いいですよ。そんなこと

そうですよ、別にどうでもいいですよ、そんなこと

いや、そうはいかないだろう。それこそ一切合切、根堀り葉掘りでお伺いしたいですな

そんなことより、ここいくらですか?

それこそ別にどうでもいいんじゃないか

そうそう、それよりも何か適当につまみつくってくれない、美子

あ、何か作るか

いいですよ、作らせますから。適当に出来るよね

うん、じゃ台所お借りしますね

おお、それはいいけど。悪いな。あ、あの冷蔵庫にあるもの自由に使っていいからな

彼女、こういうの結構上手なんですよ、先輩

そこに惚れったてか

いやあ、そういうわけでもないですけど。あれで、結構気がつくんですよ美子

そうなんだ、結構気がつくんだ

そんなことは言われなくても分かっていた。最初からいい娘だと分かっていた。そう、初めて会った時から。

ねえ、まだ?

もうちょっと待って。すぐ出来るから

一次会の終わりに私の部屋に遊びに来ないかと誘ったのは私だ。飲み足りなかったのもあるし、このまま彼女と別れたくなかったこともあった。何しろ一次会は部長への業務報告みたいでなんとも気が張ってしまったものだから。二人も同じ気持ちだったのだろう、ちょっと図々しすぎるくらいに羽を伸ばしている。言いたい放題だ。

先輩には申し訳ないと思ってるんですよ

…、何が?

いや、、色々、世話になっちゃって

何言ってるんだよ、先輩が後輩の世話するのは当たり前じゃないか。俺だっておんなじように先輩に世話になったんだから

そうですか。本当にそうですか?

おお、そうだぞ。そうやって、みんな生きてきたんだ

そうですか、、、そうですよね、きっと

当たり前じゃないか。なんだ、酔ったのか

まだ、まだ。こんなもんじゃ酔ったりしないっすよ。若いすっから

おー、言ったな。それじゃ、じゃんじゃん飲んでもらおうかな

先輩も、じゃんじゃん

お待たせー、簡単なものしか出来ないけど

なんでも、いいよ、口に入れば

あー、ひどーい。せっかっく心を込めて作ったのに

そうだ、それは酷いぞ。まず、一口食ってからだな、、、

どうして、固まるんですか

食ってからだな、それから。うーん、お前幸せ者だな。こんなうまい料理を毎日食えるなんて

そうでしょ、うまいでしょ。結構いけるでしょ、満更でもないでしょ

口に合いました?

もちろんですよね、先輩

もう英雄さんには聞いてないの。どうですか、大丈夫ですか?

ああ、少なくともお腹は壊さないと思うぞ。少なくともお腹は

ひどい、一生懸命に作ったのに。さっぱりしたものが好きだって言ってたから、それなりに工夫したのに

いや、誰も不味いとは言ってないぞ。これはこれで、それはそれなりに美味いぞ

それなりですか?

いや、かなりだ。相当だ

無理してます?

いや、、、あの、、美味しいよすごく

本当に素直じゃないからなぁ、先輩は。そこが、先輩のいけないとこなんじゃないかあ

”そんなことは言われなくても分かっていた。そんなことは言われなくても”

作り直して来たほうがいい?

いや、いい。これでいい。ありがとう

どれどれ。…いけるじゃない、これ

そう

うん、いけるよ。これ、どうやって作ったの?初めて食べた

そうでしょ、いけるでしょ、これ。結構自信あったんだから

これ、大根だよね

そうよ、大根よ。でも、只の大根じゃないんだから

そりゃそうだ。俺が自腹をはたいて買った大根だ

こういうことを言うから嫌われるのは分かっている。分かっているけど止められないのだ。天の邪鬼なのだ。
半年ぐらい前だろうか。何か簡単な酒の肴はないかと聞かれ、大根の角切りに梅肉を和えてみると美味しいと教えたことがあった。それがこの料理だ。
部屋に会社の人間を連れてきたのは始めてだった。そういうタイプの人間ではなかった。でも二人とも気の置けないいいやつだった。もし、彼女のことを好きじゃなかったら、なんのこだわりもなく、楽しく飲めたのに、そう思う。
悲しいことに、こだわりがあっても楽しく飲めてしまう、それほど、人生に擦れてしまっていた。それが悲しい。それが悔しい。そして、それに救われている」

なんだよ、もっとゆっくりしていけばいいのに

でも、もう遅いですから。英雄さんも酔ってますし

泊まっていけばいいじゃない

そういうわけにも

よーし、帰るぞー!!

大きい声を出さないで、夜遅いから

はーい。静かにしまーす、奥様

もう、酔ってるんだから

駅まで送っていくよ

大丈夫です、近いし

でも

おーい、先に降りてるぞ

はーい、すぐ行くから待ってて

おい、いっしょに行ってやれよ、結構酔ってるぞ

今日は、ありがとうございました。楽しかったです

おお、俺も楽しかったよ

あの、、、

ん?

彼の言ったこと気にしないでくださいね

何が?

悪気があるわけじゃないんです

分かってるよ、そんなこと

それなら、いいけど

はら、早く行ってやれよ。きっと待ってるぞ

絶対

ん?

幸せになってください

えっ?、、、馬鹿だな、、、何言ってるんだよ

絶対、絶対ですよ

幸せになるのは君のほうだろ

、、、そうだけど

いいか、言っとくぞ。もしあいつが幸せにしてくれなければ、ぶん殴って蹴飛ばして勝手に幸せになっちまえ

はい

あいつのために生きようなんて思うな、それが幸せなんて思うな。いいな、自分のために生きるんだぞ

はい

頼むぞ、本当に。頼むぞ

はい。先輩も幸せになってください。絶対幸せになってください

当たり前だ。お前より十倍も百倍も幸せになるよ

はい
お休みなさい
、、、さようなら

三ヶ月後彼女は会社を辞めた。結婚退社だった。2次会の彼女はとても幸せそうだった。彼女に負けないだけの幸せを獲得できるかどうか今の私には正直分からない


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ストーリー1:遠い異国の空の下


夏の暑さの続く夕方

会社から安アパートに帰ると、郵便受けにエアメイルが入っていた

二年前に別れた栄子からの残暑見舞いだった

残暑お見舞い申し上げます

突然の葉書

驚いたでしょ

変な顔をしている君が目に浮かびます

僕は僕にしかなれない、そう言って

口惜しそうに顔を歪めていたのが昨日のようです

目にはうっすらと涙を浮かべていましたね、君

遠き異国の空より 栄子

突然に語学留学するといって

勝手にロンドンに行ったのは彼女のほうだ

僕が何も出来なかったのは確かだが

それ以後連絡は取っていない

彼女は僕に連絡先を教えなかったし

それが彼女の返事だと思った

あれから二年が立っていた

相変わらずわけが分からないやつだなあ

何が言いたいのだろう

僕は泣いてなんかいないぞ

でも、取りあえず元気でやってはいるんだ

ちょっとほっとした

突然の葉書は彼女らしかった

いつも突然だった

僕のことを好きだといったのも

イギリスに行くと言い出したのも

ちょっと変わっているんだ、きっと

文章の頭の文字をつなぎあわせると

「唐変木め」になることに気が付いたのは

大分たってのことだった

遠い異国の空の下

鈍い僕のことを笑っているのだろう、きっと


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