魔法少女と戯れる日々 01-04
2000-01-19


「あ〜あ、いい女どっかにいないかな……」

 山形は缶ビールを飲み干すといつものセリフを口に出した。

「今日みたいに土曜も働いているようじゃ、確かに彼女を探すどころじゃないな…… クソッ! やられた!」

 鈴木の戦闘機が敵の要塞に派手に撃墜されると、テレビの画面には大きなゲームオーバーの横文字が表示された。

「まだまだ甘チャンだねえ……」
 
 山形は画面を見て静かに笑った。

 彼らが生活している独身寮は、寮といっても3階建ての普通のワンルームマンションであり、会社がその全ての部屋を押さえているというものであった。鈴木と山形は隣同士であり、和美が部屋にいない時、鈴木はよくビールとおつまみを持参して山形の部屋に遊びに来るのだった。

 鈴木と山形はそれぞれ大学を卒業した後、コンピューター関連商社である現在の会社に同時期に入社した。2人の育った場所はまるで違ったが、始めて会って話した時、実は鈴木と山形は同じ日に同じ病院で生まれているということがわかり、不思議なこともあるものだと、2人はすぐに打ち解け、それ以来会社の中で無二の親友になった。

 鈴木は営業マンとして会社で働き、どちらかというと適当に要領良く仕事をするほうだった。彼の営業マンとしてのスタイルは、客先にとてつもなく好かれるか一発で蹴られるかのどちらかという大味なものだったが、ここ一番の幸運に何度も恵まれ、入社してから3年の間に良心的な取引先をいくつか獲得することができた。それだけに、彼の営業成績はトップとはいかなかったが、いつも中の上をというまずまずの位置をキープしていた。

 そんな鈴木に対して、山形は人一倍責任感の強い猛烈な努力家であり、若くして開発部の中でありとあらゆることをこなしていた。コンピューター業界の動向は速いとはいえ過去の経験は十分にものをいう。しかし、山形の実力は入社何年という先輩たちに匹敵するまたはそれ以上のものといってもよかった。仕事の上で今までにかなりの数の無理難題が山形に押しつけられたが、彼は天性の粘り強さと集中力でそれらを完璧に克服してきた。鈴木を含め他の同僚はいつも山形にもっと条件のいい他の会社への転職を勧めたが、今のところ山形にその気はあまりなさそうだった。

「山形、明日も出社するのか?」

 鈴木はビデオゲームのプレイを一時中断して、床に置いてある缶ビールに手を伸ばした。

「ああ、月曜日の午前中が締め切りだからな。おかげさまで主任と俺は土日出社さ」

 山形は缶ビールをゆっくりと手で握りつぶした。アルミ製の缶は彼の大きな手の中で小さな紙くずのようになった。

「でも寿主任とオフィスで2人きりなんてうらやましい限りだな。けっこういいムードになるんじゃないか?」

「オイオイなにいってんだ。こっちは仕事で必死でそれどころじゃない。それに、主任にはとっくの昔に振られたから、そんな気は全然起こらないね」

「いやいや……」鈴木はにやけた笑いを浮かべた。「あれからだいぶたっているし、主任も心変わりしているかもしれんぞ……」

「他人事だと思って無責任になにをいってやがる。でも確かに主任はいいよな……」

 山形はそういうとイスから立ちあがり、冷蔵庫にある缶ビールをとりに行った。

 開発課の寿主任は会社の中であこがれの的だった。主任のプログラマーとしてのキャリアは長かったが、専門学校卒業ということもあり、彼らとそう年齢は変わらなかった。おそらく2〜3歳年上なだけだろう。山形は入社したての頃、彼女に対して積極的にアプローチをかけたが、見事に砕け散ったのだった。もっとも、山形が特別だったわけではなく、主任に交際を断られた男は、彼の他にもオフィスには数多くいた。

「実際のところ、主任ってどんな男が好みなんだろうな」

 山形が戻ってくると、鈴木はさっきの会話を続けた。

「さあな…… あの人はよくわからんよ…… 寿なんておめでたい名前だからいつまでたっても私結婚できないのよ、とかいっているわりに、ここ一番でいとも簡単に振ってくるよな……」

「あくまで俺のカンだが、寿主任って実は年上好みじゃないのか? 落ちついた年配の男にいつのまにかコロッといったりしてな」

「確かにそんな気がしないでもないな…… 俺みたいな若僧はまだまだ大人のダンディさがたりませんということか……」

 山形はため息をつきながら、缶ビールを開けた。

 久しく女運には恵まれていないのは事実だが、山形の見てくれは風采のあがらぬやぼったい男ではなかった。実際、山形ほど完璧な人間は他にいないといってもよかった。平均的な男性と比べれば鈴木も背の高いほうだったが、山形の身長は鈴木よりもずっと高く、190センチ以上はありそうだった。また、体つきもがっしりとしていて、その顔は鋭く野性的だった。学生時代には格闘技のチャンピオンで向かうところ敵なしだったという。おまけに、頭脳のほうも明晰で、超一流大学を優秀な成績で卒業し、その知識はあらゆる分野に精通していた。どうして山形ほどの人間が特に有名でもない中小企業に入社したのか、鈴木を含めオフィスのみんなは全くわからなかった。古代の中国あたりに生まれていれば、天下無双の豪傑として歴史に名を残したかもしれない、と周りのものは山形に関して本気で冗談をいいあっていた。

 子供の頃から、一旦カッなってしまうと自分の暴力的衝動を抑制できなくなってしまう鈴木だったが、唯一山形にだけは取り押さえられてしまった。その一件があったために、昨晩鈴木が暴れ始めると、オフィスにいた山形が呼びだされることになったのだった。

 入社一年目の頃、居酒屋の狭い廊下を会社の同僚の一人が、どけ、邪魔だ、と大きな男にすれ違いざまに壁に突き飛ばされた。それを見た鈴木は男の肩を後ろからつかまえたところ、男は振り向きざまに彼の鼻にパンチを浴びせた。鈴木はその瞬間に記憶を失った。

 男は大学のラグビーに所属しており、その日は試合でもあったのか、そこでは何十人規模の大きな宴会が催されていた。鈴木はそこまで男の耳をつかんで引きずりまわし、グツグツと煮えたった鍋に男の顔を思いきり叩きつけた。次の瞬間、宴会場は修羅場と化した。何人ものラグビー部員が一斉に鈴木にタックルをかけてきたのだ。

 気がつくと鈴木は山形に喉と肩をつかまれて壁に押さえつけられていた。全身には力が全く入らなかった。かすんだ目をなんとか動かすと、あたりには彼に襲いかかったラグビー部員が全員血を流して転がっていた。彼の顔はボコボコに殴られて脹れ上がり、全身はズキズキと痛んだ。当然のことながら、シャツとズボンは見るも無残に破れてしまっていた。

「ヤレヤレ、散々に暴れてくれたなあ……」
 
 そんな鈴木に対して、山形は髪の毛さえも乱れてはいなかった。彼は興奮しているわけでもなく、かといって冷静なわけでもなく、この状況を楽しむかのようにかすかに笑っていたが、その目は不気味なほど異様に輝いていた。山形が手を離すと、鈴木はヘナヘナと床にくずれた。

「ヘヘヘ……」

 鈴木は意味もなく笑った。今まで意識を失って大暴れしている自分を取り押さえた人間がいなかっただけに、鈴木の心の中は悔しいようなうれしいような複雑な心境だった。

 後で鈴木が周りにいた連中に聞いたところによると、奇妙なことに、山形は積極的に鈴木を制止しようとはせず、静かに宴会場の出入口に陣どっていたということだった。ラグビー部員が宴会場から出ようとすると、彼らは風に舞う散り紙のように山形に中に追い返された。当然のことながら、ラグビー部員が次々と鈴木の餌食になった。

 宴会場の中で立っているのが鈴木だけになると、ようやく山形は中に向けて一歩足を踏みだした。中では怒りに燃え上った鈴木が歯をむき出して次の獲物を待ち構えていた。勝負は一瞬だった。鈴木は野獣のように山形に飛びかかったが、山形はあくまで冷静にそれをかわすと、鈴木の側頭部に手のひらを軽くはたいた。この一見なんでもない一打には相当な威力があったのか、鈴木の足は見る見るうちにもつれた。鈴木はもう一度山形に襲いかかろうとあがいたが、次の瞬間、鈴木は山形に喉と肩をつかまれて壁に押さえつけられてしまった。

 周りの連中は、さすが格闘技の学生チャンピオンだ、と山形のことをはやしたてるだけだったが、後で冷静になって考えてみると、彼を取り押さえていた時の山形の目が鈴木には少し気になった。熱いようでありながら醒めきった、人の心の奥底まで見通してしまうようなあの瞳。まるで山形とは違う別の何かが自分をじっと見つめているような感じだった。彼の全身に全く力が入らなくなったのは、ひょっとしたらそのせいだったのかもしれなかった。しかし、その一件があった後、山形の様子に変なところは全くなかったし、これと同じような騒ぎは二度と起こらなかったので、しばらくすると彼はそのことを気にしなくなり、営業マンとして日々仕事に追われるにつれ、彼は乱闘があったことすらあまり思い出さなくなってしまった。

「あ〜あ、いい女どっかにいないかな……」

 山形はかれこれ8本目の缶ビールを空にしたが、彼の態度は普段となんら変わったところはなかった。実際のところ、鈴木は山形が酔っ払ったところを見たことがなかった。

「そろそろ俺は部屋に戻るぜ」

 鈴木が立ちあがると、彼の足元はふらついた。明日は日曜日だと安心していたからか、相当な量を飲んでしまったらしい。もっとも、山形と同じペースで飲んでいれば、深酒になってしまうのは当然のことだった。

「なんだ、まだビールはあるぜ」

 山形はまだ開いていない缶ビールを鈴木に差し出した。

「俺はもう限界だ…… それに、明日は仕事なんだろう?」

 血管にアルコールの点滴注射をしたとしてもこの男は酔わないだろう、と鈴木はふと考えた。

「仕事ねえ……」山形はその缶ビールを自分のために開けた。「まっ、これを最後にして俺も寝るか……」

「そいじゃな…… 明日の夜もたぶんお邪魔するよ。明日のこの時間までお前の仕事が終っていたらの話だが……」

 鈴木は山形の部屋を後にした。酔って体がフワフワしているので気分は心地よかった。今日は和美がいないので、今日は思う存分ベッドで寝返りが打てるだろうと、彼は内心喜んでいたつもりだったのだが、彼女がいない部屋はがらんどうとしていて寂しい感じがした。鈴木はパジャマに着がえず、そのままベッドに倒れこんだ。


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