魔法少女と戯れる日々 01-05
2000-01-19
真夜中の公園で女の子がたった一人でブランコに揺られていた。その女の子はずっとうつむいたままで、物思いに沈んでいるようだった。黒いマントに身を包んだ一人の男が暗闇にまぎれながらその子をじっと見つめていた。男はまだこの世界のことがよくわからなかったが、あんな小さな子供がこんな夜遅くまで一人でいるのはおかしい、と直感的に感じ取っていた。男は女の子に危険が迫ればいつでも飛び出すつもりでいた。
「お〜い、典子!」
そばで大きな声がして、一人の青年が女の子にかけよってきた。男は一瞬緊張した。しかし、危険はなさそうだった。青年は女の子の年の離れた兄のようだった。典子と呼ばれた女の子は少し顔をあげたが、すぐにうつむいてしまった。
「やっぱりここにいたのか。心配したんだぜ……」
「……」
典子はなにもいわなかった。彼女はすねているようでもなく、ただじっと黙っているだけだった。
「確かに俺だって変な気分さ。うすうすは感じていたけど、突然の話だったもんな」
青年はそういうと典子の隣のブランコに座って揺れ始めた。しばらくの間二人はそのままお互い黙ったままでいたが、青年はブランコから勢いよく飛び降りると、彼女に振りかえった。
「さあ、帰るぜ」
「……」
相変らず妹が黙ったままなので、青年は歩み寄ってその手をとろうとした。典子は下を向いたまま手を引っ込めた。
「オイオイ、あんまりダダこねんなよ……」
そういいつつも、青年は無理強いをしなかった。その代わりに彼は妹に優しく微笑んだ。
「心配するな。あの人はもう家にいない。それにお父さんは何も怒ってない。怒っているどころか、心配して今もお前を探しまわっているんだぜ」
その言葉を聞くと、典子は青年に顔を上げた。その瞳は涙に濡れていた。
「なっ、もうこんな夜中だし帰らなきゃな……」
青年が手をとると、典子はようやく腰をあげた。疲れているのか、彼女の足取りはおぼつかなかった。「ったく、しょうがないやつだな……」
そういって青年は妹を彼の背中におんぶした。
「明日お父さんが二人っきりでお前をどっかに連れていってくれるそうだ。いいたいことは全部そのときにいえばいい……」
歩きながら青年は背中にいる妹にそうささやいたが、妹はその言葉を聞いてはいなかった。彼女は兄の背中で寝息を立て始めていた。
二人の後ろ姿は男の心を強く引きつけた。男は何度もそこから目をそらそうと努めたが、そうすることはできなかった。
俺たちにもあんなことがあったな、しかし、いつしか何かが狂ってしまった……
「グロイザー様……」
その時、男のそばで声がすると、紫色の筋の入った鎧に身を固めた背の高い女が闇の中から浮かび上がった。女の眉はその意思の強さを表すかのように切れあがっていたが、その顔は決して冷たいものではなかった。
「何事だ?」
グロイザーと呼ばれた男は女のほうに振り向いた。彼の片方の目は真っ赤に輝いた。
「扉を発見いたしました。場所はここからそう遠くはありません」
「そうか、それでは早急にことを運ばねばならぬな…… それで、どのくらいの力が必要だ?」
「それは……」
女はかすかに口ごもった。
「どうした?」
「必要になる力は…… この世界全てでございます」
女は意を決したかのようにゆっくりと静かにこの言葉を口に出した。女の声は少し震えていた。
「そうか……」
グロイザーはそう一言だけつぶやくと、また公園に歩いている兄妹の後ろ姿に目をやった。
「グロイザー様、あの二人がどうかなされたのですか?」
グロイザーがあまりにも二人を真剣に見つめているので女は少し疑問に思った。彼は仮面をかぶっているので、女には彼の表情がよくわからなかった。
「不思議なこともあるものだと思ってな……」
グロイザーは独り言のようにつぶやいた。
「いったいなにが不思議なのでしょうか?」
「いや、なんでもない…… 気にするな……」グロイザーはようやく二人から目をそらした。「扉の場所に早く案内してくれ。今は一瞬たりとも時間を無駄にすることはできぬ……」
「はい、こちらでございます……」
女はそういって闇の中に一歩踏み出し、グロイザーは女の後に続いた。その時、グロイザーはもう一度二人に振りかえった。しかし、彼らの姿はもう見えなくなってしまっていた。
不思議なこともあるものだ…… 驚くほどよく似ていた…… だがもうよい、我らは止まるわけにはいかぬのだ……
これから自分たちが行うことを考えるとグロイザーの胸は痛んだ。しかし、彼は心を氷のように冷たく閉ざし、二度とあの兄妹のことを心に思い描かないように努めた。
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