魔法少女と戯れる日々 02-02
2000-02-04
「ガー! くそったれが! なぜだ! なぜだ! どうしてだ!」鈴木がオフィスで大声を上げると、画面上の魔法少女ミモをにらみつけた。ミモは驚いたように後ろにあとずさった。
いったいどういうことのなのか鈴木には見当がつかなかった。鈴木はウイルスが発生する前に客先に出向いていたので感染しているはずがない。もっとも、実はずっと前から感染していて、それが今日一斉に発病したということも考えられるが、鈴木にはなんともいえなかった。
「とりあえず山形に聞いてみるか……」
鈴木がイスから立ち上がろうとした時、開発部の方から大きな声が聞こえてきた。
田中のデスクの周りには人だかりができていた。
「おいお前! さっさとそこをどけ! そんな男は今日限り退社してもらう! こいつの実行したウイルスで日本中、いや世界中が大混乱だよ!」
社長が田中につっかかろうとしていた。ウイルス騒ぎを聞きつけ大至急で出先から帰社したのだ。しかし、そうはさせまいと、山形がその間に仁王立ちをしていた。
「ですから社長、先ほどから申し上げているではありませんか。このウイルス騒ぎの原因は田中ではありません。彼が実行したスクリーンセイバーには何の問題もありませんでした」
山形はあぶらぎった髪で不精髭というだらしのない姿で、疲労もあってか実にうんざりとした表情をしていた。昨日から全く眠っていない上に、大きなトラブルが発生したのだから、山形といえどもふてくされるのは当然かもしれない。
「問題がないだと! 問題だらけじゃないか! ひょっとしたらもう世界中に感染しているのかもしれんのだぞ! ウイルスの出所が当社だとわかったら、いったいどうなると思っているんだ! ウチは大打撃だよ! それに、なんだその偉そうな態度は! 私は社長だぞ!」
社長はますます興奮した。山形の慇懃無礼で有無をいわさぬ態度が非常に気に食わないらしい。
「ウイルスが発生するとすぐに我々開発部は、田中が友達からもらったという、実は友達と協力して作ったらしいですが…… そのスクリーンセイバーを調べてみました。その結果、それはウイルスではありませんでした。単なるスクリーンセイバーです」
社長とは対照的に、山形の言動はあくまでも冷静だった。
「本当に田中が実行したものを調べてみたのか? お前は田中にニセモノを渡されて、それを調べたんじゃないのか?」
「そっ、そんなこと、僕していません……」
田中はポツリとつぶやいた。
「ウソつけコノヤロ! オイお前! 何をする!」
社長は田中に飛びかかったが、山形はそれをさえぎった。
「私は社長だぞ! 誰かこの図体のでかい奴をどかせ!」
社長の命令で何人かが山形に組みかかったが、あっという間に全員がオフィスの床に突き飛ばされた。
「社長、お願いですから落ちついてください。仮に田中がウイルスを実行させたとしましょう。しかしながら、魔法少女ウイルスは田中のマシーンとは違うOSのマシーンでも発生しています。サーバー室に行けば社長もおわかりになりますよ。全てのプラットフォームに無条件に有効で、なおかつネットワーク経由で感染するウイルスなんてないといってもいいでしょう。仮に存在したとしても、田中の技術レベルでそんなものを作ることは不可能です」
「しかし、そういったものが、完全に存在しないとはいえんのだろ! こいつの連れが腕のあるハッカーじゃないのか!」
社長の目は血走っていた。
「それでは社長、これはいかがでしょうか?」
山形はため息まじりに一台のマシーンを指さした。
「これは先週新しく購入されたマシーンです。箱から出したばっかりで、まだ誰も触っていません。それでも、魔法少女は画面に現れます」
「なっ、なんだと!」
社長がそのマシーンの画面を覗き込むと、魔法少女が現れて魔法のステッキをふりまわした。
「電源ケーブル経由で感染するウイルスなんて聞いたことありませんから……」
社長の驚く顔を見て、山形は不敵に微笑んだ。
「じゃっ、じゃあ、いったい何がどうなっているんだ! お前、説明しろ!」
「詳しい説明は私にもできません。この世界ではありえないことが今ここで起ってしまっているのです。いうなれば魔法ですね」
「まっ、魔法だと! きさま! 何をいっているんだ! 気でも狂ったのか! お前は今ここで魔法が起きているとでもいいたいわけか!」
「はい、社長そうに思われても私は結構です。というか、これはもう魔法といってもよろしいでしょう」
山形は冷徹な視線でじっと社長の目を見つめた。
「おっ、お前、自分が今何をいっているのか……」
「はい、存じております」
山形が表情を変えずにそういうと、社長の顔は見る見るうちに赤色から青紫色に変化した。
「不愉快だ! 不愉快だ! 不愉快だ! クビだ! クビだ! クビだ! お前たち今すぐここから出て行け!」
社長は突然切れたかのように山形と田中に向かってわめき散らした。
「私は現在の状況をご説明させていただいただけでして、解雇されるようなことは何も致しておりません。田中も同様です。このウイルス騒ぎと田中とは無関係ですから。ご自身が納得いかないというだけで、感情的に人を解雇するというのはおやめになっていただきたいですね」
社長の剣幕に山形はびくともしなかった。
「おっ、お前…… 私を誰だと……」
社長の声は震えていた。
「社長でございますね。ええ、当社の代表取締役社長です」
「き、き、き、き、きさま……」
社長が次の怒声をあげようとした時、突然山形の声色が変わった。
「社長、落ちつけ! 人を束ねるものがみっともないぞ!」
山形は社長に向かってそう一喝すると、周りを見渡しながら右手を天井に向けて高く上げた。
「周りの者たちも静まるのだ。そして忘れよ……」
山形の拳には青い煙が渦を巻き、それは震えるような波動とともにオフィス全体に広がった。
しばらくすると、オフィスの中のすべてのものが静止した。
「今日は少し遊びが過ぎたようだ……」
オフィスが静まりかえると、山形はゆっくりと一台のパソコンの前に立った。
「エギューの手先ではないようだな。それに最近現れた奴らとも違う…… しかし、悪意はないようだな。不思議なことにおぬしには王家の力を感じる……」
山形はパソコンに向かって手をかざした。
「力がもうないのだろう……」
静止していたパソコンはたちまち息を吹きかえし、魔法少女ミモが画面上に映し出された。
「力が……」
ミモはそういいながらパソコンの画面から飛び出し、山形の目の前を半透明の姿で浮遊した。
「あっ、ありがとう。でもあなたはいったい誰? あっ、あの…… 私は、ミモ、エオニメのミモファルス・ウートレイデ……」
ミモは山形に向かって礼をいうと目をパチクリさせた。
「拙者の名はバゴス。かつてエオニメにいたことがある……」
その時山形の姿は白色に光り輝き、光とともにその姿は一瞬にして消え去ったかと思うと、巨大な斧を携え鎧に身を固めた屈強な戦士が姿を現した。
「あっ、あなたが…… バゴスさん…… じゃ、じゃあ、お兄ちゃんは……」
「ほう、兄とな? では、おぬしはアーデン王子の妹か何かか?」
「そう、アーデンは私のお兄ちゃんです」
「なぜおぬしの兄がここにいるとわかった?」
バゴスの表情は急に鋭くなった。
「王家の宝玉を使って偶然に……」
「ほほう、では全てを見てしまったというわけだな? 宝玉は全てに通じ全てを映し出す・・・・・・」
「うん…… だからお兄ちゃんの後を追いかけたの…… でも…… でも……」
ミモは突然涙ぐんでうつむいた。
「おぬしにもいろいろあったようだな…… だが、もう心配するな、おぬしの兄君はすぐそばにおるぞ」
「えっ!」
ミモは驚いて顔を上げた。彼女の大きな瞳は涙に濡れ、涙が両頬に伝わっていた。
「まずは兄君に会うことが先決だな。詳しい話はその後でもよかろう。ミモファルス姫よ、もう安心するがよい。おぬしの兄君と同様、何があろうとも、拙者の命に代えてでも守ってやろう……」
バゴスがもう一度右手を上げた。すると、オフィス中に立ちこめていた青い煙は、みるみるうちに彼の拳に吸いこまれ始めた。
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