魔法少女と戯れる日々 02-04
2000-04-13
「あの…… なにか…… みなさん僕に御用でしょうか?」田中は驚いた。ふと気がつくと、自分の周りに人だかりができていたからである。
「んっ? わっ、わしゃいったい?」
目の前で社長がポカンと口を開けていた。
「いっ、いや、なんでもない…… ええっ〜と、田中だったけな? まあ、とにかく仕事がんばれ…… オイ、おまえら、仕事、仕事! こんなところでボケっとなに突っ立ってるんだ!」
田中のデスクの周りに集まっていた人々は不思議そうに互いの顔を見合わせていたが、社長に軽く一括されるとそれぞれの持ち場に戻っていった。
「いったいなんだったんだろう……」
田中は首をかしげつつ、自分の仕事を再開した。
「ええいうっとしい! ちょっとは静かにしたらどうだ!」
いっぽう営業のセクションでは鈴木が悪態をついていた。魔法少女が現れ、またもや仕事を邪魔されたのである。
「まあそうカリカリすんな。けっこうかわいらしいぜ。俺の娘もこんな頃があったなあ…… なあ、鈴木。大らかな気持ちで、ゆとりをもって仕事をするというのも、たまにはいいかもしれんぞ」
少し離れたところに座っている鬼塚課長が鈴木をやんわりとたしなめた。課長の表情はリラックスしていて、課長のそんな優しい表情を、鈴木は今の今まで見たことがなかった。
「へっ? か、課長…… だっ、大丈夫ですか?」
鈴木は狐につままれたような気分だった。
「これ見てるとけっこう心がなごむんだよ。鈴木、お前もそう思わんか?」
「は、はあ……」
鈴木はさりげなく周囲を見回した。鈴木の見たところ、オフィスの中で魔法少女に罵声を浴びせているものは一人もいなかった。いったいどういうことなのか、画面にチョコチョコと動き回る魔法使いの女の子と、全員がうまくやっているようだった。
「いったい何が起こったんだ…… そういえば俺さっき、山形に何かを聞くつもりだったような……」
少し前のことを鈴木は思い出そうとしたが、うまく思い出せなかった。しかしながら、たいした問題でもないと思われたので、それ以上そのことについて考えないことにした。
鈴木の業務は何度も何度も魔法少女ミモに中断されたが、不思議なことに、それは鈴木の神経を逆なでするものではなかった。鬼塚課長がいったように、この少女のスクリーンセイバーには人の心を癒す作用があるのだろうか、魔法少女が現れると、肩の荷が下りてストレスが発散されたようなスッキリした気分がするのだった。
あるときは笑ってみせたり、またあるときはおどけてステッキを回してみたりと、魔法少女は現れるたびに毎回異なる動きをみせた。さらに奇妙なことに、人間が彼女に向かって声をかけてあげると、まるで会話をしているかのように、声をかけた人に向って生き生きと反応するのだった。
「どうした? 俺の顔がそんなにめずらしいのか?」
魔法少女ミモがものめずらしそうに鈴木の顔をのぞきこんでいるので、鈴木はなんとはなしにモニターに話しかけた。鈴木が声をかけると、彼女はちょっと驚いたようなそぶりをみせ、感激したように大きく飛び上がった。
「えらい喜びようだな。なんかうれしいことでもあるのか?」
もう一度鈴木が声をかけると、照れくさそうに鈴木に微笑みながら、魔法少女は鈴木に向って口を動かした。
「キコエル……? ワタシノコエガキコエルノ……?」
その時、鈴木の頭の中で声がした。
「んっ?」
鈴木は思わず振りかえった。オフィスの中は静かなもので、鈴木に話しかけているものは誰もいなかった。
「ゴメンサイ…… オドロカセチャッタカナ……」
その声はもう一度鈴木の頭の中で響いた。鈴木の背中に冷や汗が流れた。
「アイタカッタ…… ズウットアイタカッタ……」
突然、魔法少女の身体がパソコンから飛び出して鈴木の目の前に迫った。
「うああああ!」
鈴木は驚きのあまり、大声をあげてイスから転げ落ちた。
「コレガワタシノサイゴノマホウデス。ドウカウケトッテクダサイ」
魔法少女ミモがそういうと、パソコンとともに少女の全身が金色に輝き始め、穏やかな優しい光が鈴木の全身を包み込んだ。
「だっ、だっ、だっ、誰かああああ!」
その光から逃れようと、鈴木は助けを求めながら無我夢中にオフィスの床に転がり回った。しかし、そんな鈴木に誰も気づいてくれないのか、顔を向ける人間は誰もいなかった。
不思議な光は鈴木の体内に入り込んで、そしてうっすらと消えた。
「じょっ、冗談じゃねえ!」
鈴木は力をふりしぼってなんとか立ちあがると、オフィスの出入り口に向かって全速力で駆け出した。
「アーデン王子! 少々のことでひるむでない!」
その時、何者かが鈴木の左肩をつかんで静止させた。そのショックで粉々に潰れてしまったのか、左肩からは泥がはねたようなベシャッという音がした。しかし、奇妙なことに、左肩に痛みは全く感じなかった。
鈴木は恐怖のあまり絶句した。鈴木の目の前には、漆黒の鎧甲冑に身を包んだ巨大な男が立ちはだかっていたのである。それはあたかも完全武装をした重戦車のようであった。男のもう一方の手には身の丈ほどもある巨大な斧が握られいて、その刃の部分は鈴木の座っているデスクほどの大きさがあった。
「おっ、お前は誰だ……? いっ、いったい、こっ、これは……?」
「おぬしにゆっくりと詳しく説明したいのはやまやまだが、そういうわけにはいかないようだな。あれを見るがいい。それにしても、なかなか素早い奴らよ」
そういいながら鎧の男はオフィスの窓を指さした。
驚くべきことに、窓の外には空飛ぶ怪物が群れをなしていた。怪物たちは何度も窓ガラスに体当たりをくらわせようとしていたが、窓に近づくたびに青白い火花のようなものが飛び散って、怪物たちは強い力ではじき返されていた。どの怪物も灰色の姿をしていて、その瞳は血の色に輝いていた。怪物の容姿はそれぞれ独特なものであり、あるものはコウモリのような姿で、またあるものはドラゴンのような姿をしていた。
「こっ、こんなのって…… 夢だ夢だ夢だ! 俺は信じないぞ!」
「王子、これは夢ではないぞ! これから先、いくらでもこのような怪物がおぬしの前に現れるのだ。これくらいでオタオタしてどうする。おぬしの命はずっと昔から狙われていたのだ」
「そっ、そんな……」
「心配するな。拙者が張った結界のために、奴らはこの場所に手を出すことはできぬ。だが、ここは危険だ。おぬしは急いでこの場を離れるがよい」
「しっ、しかし、どうやって…… もっ、もう取り囲まれているんじゃ……?」
「おぬしが無事に抜け出すために、このビルの中に強力な魔力のトンネルをこしらえておいた。それに、効果は長続きせんとは思うが、おぬし自身にも結界を張っておいてやろう。これで少しは奴らの目をあざむくことができるはずだ。どうだ、わかったな?」
鎧の男の口調は有無をいわさぬものだった。
「わっ、わかった……」
鈴木はなんとかうなずいた。
「さあ、急げ! あの怪物は拙者が蹴散らしてやるわ! 好む好まざるにかかわらず、これからおぬしの本当の戦いが始まるぞ! そうそう、それと、鬼塚課長には後で俺が適当にごまかしておいてやるよ」
鎧の男はにやりと笑った。それはいつも見慣れた山形の笑顔だった。
「もっ、もう退社時間をまわっているから早退じゃないよな……」
わけのわからぬことをつぶやきながら、鈴木はよろめく足でオフィスの出入り口に向った。
鎧の男がいったとおり、オフィスの出入り口から廊下にかけて、直径が2メートルくらいの渦を巻いたトンネルができあがっていた。トンネルの壁は高速に回転しているように見えるので、最初鈴木は入るのをためらったが、中で転倒するようなことはなかった。内部を歩いている最中、時折怪物の叫び声が聞こえ、それと同時に不快な音が鳴り響いた。トンネルの内側にいる鈴木からは何も見ることができなかったが、トンネルに近づこうとした怪物が、魔力で引き裂かれたり潰されたりしたのだろう。
トンネルはビルの中をどのように設置されているのか、しばらく歩くと鈴木は外に出た。鈴木のオフィスは四階のはずだったが、奇妙なことに一度も階段を下ったような感覚はなかった。外の空は雨が降りそうな曇天であり、通りは帰宅途中の会社員でごったがえしていた。
鈴木は振り返ってビルを見上げた。先ほど怪物が群れていたオフィスの窓付近には何も異常はなく、おまけに、魔力のトンネルも跡形もなく消えてなくなってしまっていた。彼はしばらくビルの前に立っていたが、ビルには何人もの人々が問題なく出入りしていた。
俺は狂ってしまったのか、と鈴木は心の中で自問した。彼にとってはあまりにもひどすぎる幻覚だった。試しにオフィスに戻ってみるのもいいかもしれないと、彼は一瞬考えたが、そうする気分にはなれなかった。オフィスに戻れば、あの狂気の世界に再び取り込まれてしまうような、そんな悪い予感がした。
「酒でも飲むか…… クソッ……」
この異常事態を解決する方法は酒しかなかった。鈴木はネクタイをだらしなくゆるめると、夜の街をあてもなく歩き始めた。
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