アマゾンの乾季は亀の繁殖期。
河の水位がびっくりするくらいぐぐぐっと減ってきているこの10月、今まで
川底でもそもそと藻を食べていた亀たちは産卵のために岸へ上がってきます。
乾季でもごくたまにスコールがきたりすることがあるのですが、その「時」を
亀は知っているのです。雷鳴が響き、まわりの音をすべて掻き消すような大雨が降り
だすと、亀は一斉に砂浜にあがり、卵を産み落とします。雨は亀たちの足跡や卵の穴
を上手に消してくれるのです。私の町ではこの亀(ビチュウ)が、この時期一番のご
ちそうになります。
今日はあるおじさんに
「せんせい、いっしょにかめを食べませんか」
と誘われました。
…「かめ」といえば……
あの時はまだ雨季でしたね。
ある朝、目覚めると雨上がりの湿った匂いの中に、何か不快な臭いが混じっている
のに気づきました。寝ぼけていたし、それがなんなのかさっぱりわからないのだけど、
しらんぷりも出来ない異臭。何気なく裏庭にまわってみました。すると、コンクリートの
壁際に足の太い大きな亀がうずくまっている!近づくとさっきの異臭が今度は
はっきりと形になって鼻をつきました。
死んでる。
さて、どうしよう。
とにかく臭いし、かわいそうだし、どこかに埋めないと。
しかし、くさい。ペット用のみどりがめの臭いを1000倍に濃縮させたくらいの
強烈なにおい。これは一刻も早く土をかぶせてしまわなければいけない。最小限の
浅い呼吸をしながら庭の隅にスコップで穴をほり、スコップに亀をのせました。
硬直している。重い。そして、くさい。
その何日後かの朝、目覚めるとまたあの臭い。かめだ。裏庭にまわりました。
やっぱり。この前と同じ場所にうずくまっています。でも今度はすこし様子がちがう
ようです。首や手から血を流しています。うう。くさい。穴をほる。スコップに
のせる。ずるり。血のついた首が力なく垂れました。耳のうしろがぞうっとしました。
でも、かめが血を流して死ぬなんてこと、ちょっとへんですね、良く考えると。
そういえば、思い当たることがありました。前の晩、豪雨の音のなかで「ゴッ」
と鈍い音がした気がします。だれかがこのかめを私の家のコンクリートの壁に
向かって投げたということ?新参者への嫌がらせか?!怒りもわいてきて、
スコップにのせた亀を(犯人であろう)隣の家に投げかえしてやる!という衝動
にかられたけれど、かめのことを想って、やめました。…
かめ、ときいて、あのときの強烈な臭いとずるりと垂れた首、スコップの先か
ら伝わるいやな重さが生々しく蘇ってきました。
………
あれを、食べる。食べる。うう〜ん。
自転車にのって砂埃たつ道をひた走りながら頭の中はそればっかり。
もんもんとしてるうちにそのおじさんの家に到着してしまいました。庭先のバー
ベキューの台には直径30センチはあるだろう真っ黒な塊がのっかっています。
かめのバーベキュー。甲羅とおなかがちょうどオーブン効果をもち、中身は焦
げずにジューシーに…
「ちょうど焼けたよ。」とにっこりおじさんは解体にはいります。
かめには骨がないことを確認。甲羅とおなかをつなげている貝柱のようなものが
4本ついていて、それをナイフではがすと、ごろりと内臓がでてきました。
ううう、グロテスク。
レアな腸が飛び出してきた!
かめの甲羅の下はほとんどが内臓ということを確認。
まず、たまごをつぶさないように注意深く取り出します。14個。そして、
臓物をひきずりだしてナイフで切りわけていきます。苦い胆嚢はつぶさないよう
に注意。ツウは、いちばんおいしいのは腸だといいます。手足や頭は食べません。
手足の付け根と、背中の真ん中にわずかに「フィレ」があって、私は逃げ場を
見つけた気がしてちょっとほっとしました。けれどにっこりおじさんは、そこは
いちばんうまくないからせんせいにははい、ここ、と臓物をとりわけてくれました。
…いただきます。
食べ方は、まずたまごを割って塩を適量かけてソースを作ります。ちょうど半
熟に焼けあがっているのがよし。臓物にそのたまごソースをつけていただきます。
ぱく。・・・・・おいしい!!想像していた臭味も全くありません。
きれいな水の藻を食べているからと、にっこりおじさんは言いました。
もう20年近くも前のことらしいですが、あの食通、あの文豪、開高健氏がやはり
この町でこのおじさんのかめに舌鼓をうったそうな。それをきいたら急に
かめがかめ様になった気がしました。←単純。
ビールもすすみ、1ぴき食べ終わるころにはあの生々しい記憶は色あせて
古ぼけたモノクロ映像に変わったのでした。