何事につけても地球の裏側と言われますが、日系人が100万人以上いるブラジル。日本のテレビも見られます。それはNHKプレミアムというサービスで、有料放送ですが日本の総合チャンネルとほとんど同じ番組内容を楽しむことができます。ただ、日本とはちょうど12時間の時差があるので、夕方7時に朝のニュースをやってるのがかえって日本との距離を感じさせてくれます。
ただ、難点があるとすれば天気予報。日本だと便利な情報ですが、こちらでは無意味です。無意味だと感じるようになるといかに日本のニュースでは天気予報を長い時間やっているかわかります。それにもまして大きな無意味なのは大きな台風が来たとき。一日中定時の番組を飛ばして台風情報をやりますが、そんな日は「しょうがない、今日はNHKはやめだ!」です。
そしてもう一つ、海外でNHKを見ている人ならかならずお目にかかるのが「放送権の都合により、ご覧いただけません」の冷酷な一言。これが出現するのは必ずニュースの中、しかも日本の放送をそのままリアルタイムでこちらに中継するときです。ニュースのなかで、これに引っかかるのが海外スポーツの映像。最近では大リーグで活躍する佐々木やイタリアで活躍する中田の映像が流れる瞬間になると、画面が切り替わり、「放送権の都合により、ご覧いただけません」の登場です。このテロップの背景の写真がなぜか日本のお寺とか風景の写真で、その間抜けさ加減が映像を見たい視聴者達の感情を逆撫でにします。こういった海外スポーツ映像は、現地で配信権を持っているところから「国内での放送にかぎる」という条件で買っているんでしょうね。
日本での放送とブラジルでの放送に時間差がある番組ではうまく処理されていて、この画面には出くわさないんですが、さすがに生放送ではしょうがありません。頭で分かってはいるんですが、やはり頭に来ますね。
ところで、上で「天気予報が多くて邪魔!」と書きましたが、よく考えてみると天気予報にもいいところがありました。僕が住む町では冬の夜になるとそれなりに冷え込みますが、日中は一年中半袖で歩けるようなところであまり季節感がありません。すると四季になれた日本人の僕には時間が止まっているような気分になります。そんなとき、日本の天気予報で「今日の最高気温は35度」とか「○○から初雪のたよりが届きました」などと伝えられるとこちらでは感じることにできない季節の移り変わりを知ることができ、着実に時が進んでいることを実感できます。
僕にとっては帰国後に向けて、海外ボケしないために見るNHKですが、こちらに長く住んでいる人達にはまた違った意味があるようです。NHKがブラジルでも見られるようになったのはここ数年ですが、最近身の回りでも加入者が増えています。その多くが一世や、コロニアで育った二世達。ちなみに日本的な環境が色濃く残ったコロニアで生まれ育った二世達は、日本語も達者で一世と似たような価値観を持っているため、「準一世」と言われて「二世」と区別されたりします。そんな人達も若い頃は「ブラジルにいるやからブラジルのテレビを見ないといかん!」と思っていたそうですが、年とともに日本が恋しくなりNHKに加入するんだそうです。
また、ブラジルで放送されるNHKは、日本の番組をそのまま放送するのではなく、編集されて放送されるんですが、そういった日系人達の心を知ってか知らずか日本の自然や文化などを伝える番組が多く、人々の「我が心の中の美しき故郷」のイメージをさらに強くしていきます。今までも日本を伝えるものとしては日本語新聞などもあったんですが、それだけではカバーできなかった彼らの心にしみいるNHKです。
おかげで最近
「ブラジルに来て、○○年。辛いこともあったけど子供達も無事に大きくなって、今では食うには困らんようになったよ。スーパーに行けば、日本食が買えるし、テレビつけたらNHKが見られる。電気もなくてランプの下で暮らしよった昔とくらべたら想像もできんよ。日本でもう一度やり直すよりも、もうこれからはかあちゃんと二人でNHKでも見ながらのんびりとブラジルで暮らしていきたいよ…」
という人が増えてきました。ただ、NHK中毒にかかった人も多いらしく
「どうも近頃の年寄りは表に出て来んで、一日中テレビの前に座りっぱなしになってしもうた。あれじゃ早くボケるばい。」
という嘆きの声も聞こえていますが、今まで「遠く手が届かないあこがれの地」だった故郷・日本を人々のすぐそばにまで近づけたということだけは言えるでしょう。「死ぬまでにもう一度日本を見たい」と思いながらもお金や健康の問題で日本に行けない人達の心の慰めにもなってます。
また、「もうすぐ民放もブラジルに進出するらしい」という話も聞こえてきます。こちらの信憑性については全く分かりませんが、もしそれが本当だったとしたら、NHKとは違ったものになるんではないでしょうか。我が校には日本のバラエティー番組や歌番組のビデオがたくさんありますが、いつも子供達の大人気。日本語が分からない子供達も日本の歌やアニメやバラエティーなら最後まで食い入るように見つめます。とくに歌番組やアニメは日系人だけじゃなくて非日系人にもファンが多く、我が校にある貸し出し用CDシングルはいつも大盛況です。
こんなブラジルで民放が放送されたら今まで歌番組以外はNHKに見向きもしなかった若い世代を引きつけることができるでしょうね。そしてNHKと民放をめぐっておじいちゃんと孫の間でチャンネル争いが起きるのかもしれません。
これとは反対に、ブラジルでNHKが見られるのと同様に、日本でもブラジルのテレビを見ることができます。日本のIPCというところがブラジル最大のテレビネットワークGLOBOを放送していて、日本に20万人住んでいるという日系人にブラジルの今を届けています。ブラジルでNHKを見るおじいちゃんと日本でGLOBOを見る孫。なかなか対照的ですね。