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ローズマリーの雫  4







 薔薇の匂いがする。
 むせかえるような,濃厚な匂いだ。
 足場の無いところを漂う様な意識の中にリュミエールはいた。飲まされた薬が随分とよく効いていたらしい。彼は少しづつゆっくりと目を覚ました。

「ようやくお目覚めかな?」
「・・・・・う・・ん・・」

 身動きするリュミエールの髪を梳きながら,領主は微笑みを浮かべている。ゆっくりと目を開けたリュミエールが最初に見たのは,優しい表情だった。

「あっ・・・・わたくしは一体・・・・・」
「気分はどうかな?随分と寝ていたよ君は。すっかり夜が明けてしまった。」

 最初はぼんやりとしていて記憶がはっきりしなかったが,リュミエールはだんだんと何故自分が眠っていたのか思い出した。領主を見やると,変わらず微笑んでいる。
 リュミエールはそのまま自分のいる場所を見渡す。ここは見慣れない部屋だ。少なくとも彼が与えられていた館の一室ではない。美しい女性の肖像画が何枚か壁にかけられている。彼自身は,柔らかな刺繍入りのクッションがいくつも置かれた大きなソファにいた。
 そして自分を見ると,昨日着ていた服がもっとゆったりとしたものに換えられていた。彼が聖地で夜着にするものと似ている。確かにこの方が疲れないが,問題はこの男が着替えさせたのかということだった。
 リュミエールの顔が,一瞬にして全身の血が消え失せたかのように青ざめる。領主は彼の横で面白そうに見ていた。

「安心しなさい。何もしていないからね。君のその寝顔を見ているだけで幸せになってしまうよ僕は・・・」
「・・・一体・・・わたくしをどうしようと言うのですか?」
「怒った表情も素敵だ。瞳が一層綺麗な彩に染まって美しい。ここは僕の別宅だよ。時折こうして仕事や俗世のことを忘れたくて来ることがある。誰にも邪魔されたくない時なんかにね・・・・・」

 言いながらリュミエールの頬を撫でる。リュミエールは即刻逃げ出したい気持ちだったが,まだ身体が自由に動かせない。薬が完全にきれているわけではないのだ。気持ち悪さに見を捩りながら,リュミエールは領主を睨み付けた。

「・・・その眼・・・・あの人にそっくりだ。気が強くて,生意気で,それなのに誰よりも美しい・・・・・」

 夢を見ている様な口調で呟きながら,彼はリュミエールの顎をその大きな手で掴んで顔を上げさせる。リュミエールは果敢にも彼を睨んだままだ。
 領主はリュミエールの視線に自分も眼をあわせながら,ゆっくりと顔を落としていった。

「んっ・・・・」

 無理矢理キスされたままリュミエールは苦しげにうめいた。自由がきかない為に押しのける事もできない。それを良いことに,領主はそのままリュミエールの唇を堪能する。

 どれくらい経ったのだろうか。リュミエールの身体からすっかり力が抜けてしまうと,ようやく彼は解放された。酸素が足りないせいか,頭が朦朧とする。苦しげに息をするリュミエールを大切そうに抱えたまま領主はその耳元で囁いた。

「ずっと,僕の側にいてくれるね?」
「・・・・・お断りいたします・・・」

 苦しい息の下でリュミエールは彼を睨み上げたまま,せめて口だけでもと抵抗を試みる。オリヴィエが横にいれば注意したかもしれないが,どうやら頭のズレている目の前の男にリュミエールの態度はただ火をつけるだけだということを彼はまだわかっていなかった。

「そう・・・・でも君をここから出す気はないよ。」
「何故ですか・・・・?」

 数日もすればオスカーとオリヴィエが戻って来るだろう。リュミエールがいなければ,彼らはすぐに自分を探すはずだ。守護聖同士,お互いを見つけるのに苦労はない。

────但し,生きていればだ。

 恐ろしい考えに至ってしまったリュミエールは,少し青ざめた表情で頭を振った。彼もまさか自分を殺そうとは思っていまい。何の為かは知らないが,彼は自分に執着しているのだから。
 では,オスカー達は?

「・・・・あの二人は一体・・・・本当に火の石を取りに行ったのですか?」
「ふふ。今ごろ心配になってきたのか?」
「答えて下さいっ」
「ああ,そんなに憤らないで。火の石は僕の手元にあるんだよ。手放すわけがないだろう?そして,あの二人には苦しまずに死ねる様にと腕の良い者達を遣わしたからね。僕からのせめてもの温情だ。」

 震える声で領主に尋ねるリュミエールの表情に満足したのか,彼はにこりと微笑んで言った。
 言葉の出ないまま,リュミエールが右手を震わせながら強く握る。領主はそんな彼を優しく抱きしめた。





「なあオリヴィエ,なんだかものすごく嫌な気分なんだが俺は・・・」
「うーん・・・・私もそんな感じだねえ・・・・」

 呑気なセリフの割りには,目の前に勢揃いなさっている皆様はかなり嫌な感じの皆様だった。綺麗な美女が並んでいるのならオスカーには大歓迎だが,あいにく彼の前にいるのはごつい5人の屈強そうな男達だ。

「俺達に何か御用かな?」
「お前達が,他の惑星から来たという神官か?」
「ああそうだが,それが何か・・・・?」

 それには答えず,5人の中でもおそらくボス格であろう男が他の男達に何か合図をした。
 途端に彼らは二人に襲い掛かる。

「ちょっ・・・何なんだよアンタ達!!!」
「お前達はここで死ぬんだよっ」
「ああああっ!?」

 オリヴィエは自分に襲い掛かってきた剣を躱しながら素っ頓狂な声をあげる。全く見に覚えがないことなのだから無理もないが。

「オスカー!アンタ何かした!?」
「随分と信用が無いな!」

 息のあがっているオリヴィエと違って,オスカーは軽々と男達を躱している。男達もプロだけあって流石のものだが,オスカーには適わなかったらしい。
 数分後には,気を失った男達が地面にバラバラと倒れていた。

「・・・・・・あー・・・・・っと・・・」
「お前,ルヴァ様の口調が移ったか?」
「あのねえ・・・・」
「さっさと戻るぞ。リュミエールが心配だ。」
「あ,やっぱり?」

 オスカーは言葉通りさっさと馬にのった。オリヴィエもそれに習う。言葉を交わさずとも,男達が領主の差し金なのは明らかだった。とにかく一刻も早くリュミエールの元へ戻らなければならい。オスカーが実は怒り沸騰なのがわかるが,オリヴィエはあえて何も言わずに従う。
 そのまま二人してものすごいスピードでもと来た方向へと戻りはじめた。




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