エッセイ 半端者:駄文の功罪


何事もちゃんと出来ない半端者です

迷路のような道を迷い子のように

駄文を書き連ねているのです

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目次

エッセイ10 「自ビール」

エッセイ9 「電子メール」

エッセイ8 「はーふーほー」

エッセイ7 「商品券」

エッセイ6 「10月にはドイツでビールを」

エッセイ5 「使っているのか使われているのか」

エッセイ4 「みんなはどうなんだろう」

エッセイ3 「眠れない夜」

エッセイ2 「もう一つの実物」

エッセイ1 「落ちる」


エッセイ10 「自ビール」

地ビールがブームである
そんなことを聞いたのはいつだろう
もうすっかり地に足をつけた感がある
手作りビールも結構流行っている
実は私も一度作ったくちである
メーカー品とは比べ物にならないほど
香りの強い逸品に仕上がった
ちょっときつめではあるが
果物の香りがする自ビールの出来上がりである
作るのは至極簡単
お決まりの手作りビールセットを買ってくればいい
作り方は取り説を読めば分かる程度に簡単なのである
今時取り説だけで理解できる商品は貴重品である
それでも心配な方は本屋さんにいけば
作り方を教えてくれる教則本が出ている
実は私も買って読んだ
大した金額ではないといっても失敗するには惜しい投資である
念には念を、である
しかしそのお陰でビールセットはちょっと立派なやつになった
比重計なんぞというものまで用意した
失敗することはあまり無いという
つまりあるということだ
小心者はそう考える
それでも一度経験してみれば
本当に簡単だ
まず消毒
セットに消毒液がついていた
これで使用する全ての器具、用具を消毒する
もちろん瓶詰めするときはビール瓶もである
雑菌が大敵なのである
その次は店で缶入りで売られているビールの素
種類も色々あるので好きな種類のビールを選んでおく
私は確かライトラガーという種類のものを選んだ
当たりはずれが一番少ないと考えたからだ
小心者でしょ
このビールの素、濃縮麦汁のようなものをお湯で薄めるだけである
容器は30リッターのやつがセットについていた
ホップ、砂糖をいれビール酵母をぱらぱらとふりかけるだけである
何やらどんよりとした色の甘そうな液体が大量に出来る
これがビールになるのかと疑問に思うかもしれない
しかしこれがビールになるのである
容器に蓋をしてお終い
呼吸が出来るように曲がりくねった管が蓋の上についている
ここから雑菌が入らないように消毒液を注ぎ入れる
管の中間のUの字の部分に消毒液の蓋が出来るのである
理科室の実験のようだ、でもなかなか賢いのである
この後は次の失敗の種、温度管理である
このビールは古いタイプの上面発酵という種類なので
常温で発酵してくれるのだ
だから素人でも作ることができる
今主流の下面発酵だと低温に保持しなければならず
それなりの設備が必要になってしまう
しかし常温といっても温度管理は必要である
15度以上32度以下といったところだろうか
寒すぎると発酵しない
暑すぎるとお酢になるらしい
人間さまが気分よく暮らせる温度にしてやれば
ビールさまもご機嫌だということだ
ここで一週間から十日間じっと我慢の大五郎
一次発酵が終わる
後は瓶詰めして二次発酵である
瓶を消毒してまた砂糖を入れて
私の容器はそのための注ぎ口が下側についているから
瓶詰めも大変に簡単であった
容器の底に溜まる澱は注ぎ口からは出ないように工夫されている点も偉い
至れり尽くせりなのである
王冠をつけて、これも金属性の王冠つぶしで蓋をした
平たい王冠の素を上からハンマーで叩くことでむりくりである
専用の王冠取り付け治具を買ったほうがいいかもしれない
それだけ?
そう、これだけでビールが出来上がりである
念の為申し添えておくが法律に触れないように砂糖の量は加減して下さいね
これでアルコール濃度が決まるのである
取り説にも同様の趣旨が明記されていた
私はうっかり量を間違えてしまったために
後悔にさいなまれながら自ビールを飲み干した
後は冷暗所でじっくりゆっくり二次発酵が進むのを待てばよい
一ヶ月もすれば飲めるようになる
飲みたくなったら冷蔵庫に入れる、発酵が止まる
つまりそこで味が固定するわけである
逆の見方をすれば日々ビールの味は変わっていくのである
同じ味が二度と出来ないなんて、なんて素敵なんだろう
失敗の言い訳には十分だ
これだけ聞けば作ってみたくなったでしょう
回数を重ねれば買ってくるよりもお得になります
えっ、どうして一回だけしか作らないのかって
それを聞かれると辛い
実は温度管理が自分では出来ないので
親元で作ったのである。というか親にまかっせきりにしたのである
しかも夏にである
「大変だった」と言われてはいたしかたない
なにしろ実家では誰もビールを飲まないのだ

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エッセイ9 「電子メール」

九州から友が出張で東京に出てきた
前の会社の同期である
もうほとんどの同期がその会社をさり
新しい生活を送っている
それに伴って住む場所もちりじりになってしまった
それでもまだ東京近郊に住むもので集まることがある
実際は東京に出張ではなく
長野への出張の帰りに東京で一泊していくのである
久しぶりに前の会社のOB会で集まろうと考えていたので
タイミングはばっちりである
新年の挨拶を電子メールでやり取りしている時に
出張するとの一報が来た
電話などとは違ってメーリングリストにのっかっている全員に送られるから
至極便利である
じゃあ、飲み会はその出張のスケジュールに合わせようとなった
かえって都合の悪くなった先輩もいたがそれは、それ
致し方ない
その日なら行ける、行けないのメールがしばらく交錯する
場所と時間は追ってということになった
問題はメールを持っていない友達である
そっちのほうは私が連絡することになった
電子メールでやり取りをしていると場所とか空間とか
時には時間まですっ飛んでしまうような気がすることがある
時々やけに早い返事が来たりして驚くことがある
それが例えば九州や北海道だったりするから
ちょっとびびったりさえする
チャットというやつもこんな感じなのであろうか
電話ならリアルタイムに北海道と話しが出来ても違和感がないのに
メールだと驚いたりするのは
文字による伝言のせいだろうか
手紙にこんなに早く返事が来ることの驚きと言えばいいのだろうか
何しろ書いている時間より送る時間の方が圧倒的に短いのだ
私らの年代の感覚で言えば
書いている時間の何倍も送る時間がかかるのが当たり前である
手紙というのはいつ来るかいつ来るかと思って待つものである
送るほうはもう着くかもう着くかと思うもののように
それなのにこの電子メールというやつ
へたをすると書くのが間に合わないようにやり取りが出来たりする
そんな利便性に感覚が麻痺して
時にかなり失礼な文章を送り付けたり
突拍子もない誤字、脱字、誤変換を見過ごしたりする
見直すということを得てして忘れてしまうのだ
少しでも早く送ることが正しいような気がして急くのである
どうしてなのか分からないけれど
卓球で最初は緩く返していたのに
段段お互いの返球のスピードが増して行き
受け損ねてしまうようなものだ
別に勝ち負けでやっていなくても
何故だかそうなってしまう
相手が打ちやすいように優しく返球するにはテクニックがいるからだろう
そう考えると
すぐにも返事を出さなければいけないようなメールを
お互いに知らず知らずのうちにやり取りしているのだろうか
そうかもしれない
別に何時何時までに返事を寄越せとは言わないものの
文章や言葉使いの端々になんか追い立てるようなものが潜んでいるのだろう
便利なだけにちょっと気をつけたいなと思いながら
今日もろくすっぽ見直しもしないでメールを送りつけているのである

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エッセイ8 「はーふーほー」

ドアを開けて外に出る
ぶるっとくる
冬である
東京の冬は大したことはない
といえば、そう大したことはない
それでも冬である
年々暖かくなっているような気がするが
とにかく冬である
耳が冷たい
手がかじかむ
思わず「はー」と息を吹きかける
ゆっくりと息を押し出すように
温かさが逃げていかないようにする
その一瞬なんとも言えず暖かい
その後、手を二三度
いや五六度ぐらい、擦りあわせる
その後、空に向けて思いっきり息を吐く
「はー、ふー、ほーー」
私の場合は「ゴジラ」になった感じである
口から白い息をはき敵を攻撃なのである
息の吐く強さに比例して白い光線が伸びていく
しかし残念ながらそう遠くまでは届かない
敵に届く前に
力なくすうっと空に溶けていってしまう
「はー」ではいけない、力が出ない
「ひー」でも「へー」でも間抜けである
「ふー」ではちょっと行き過ぎで
単なる風になってしまうことが多い
ゴジラになるには「ほー」ぐらいがいい
それでも敵には届かない
力なくすうっと空に溶けていってしまう
まだ力不足か、と己が未熟を思い知らされる
小学生の頃から距離が伸びたとも思えない
努力不足はもちろんあるだろうが
もともと人間には無理な注文というものかもしれない
それでもお約束とばかりに毎年
冬の朝に繰り返しこうして遊ぶ
何か自分の息が白く見えることが
面白くて仕様がないのだ
道行く人に見咎められると恥ずかしいので
周りに人がいないことを確かめてから
最初は遠慮がちに「はー」とやる
光線の力の無さにもう一度ちょっと背筋を伸ばして
「ふー」とやる
結構いいじゃないかとほくそえむ
調子が出たところで今度は「ほーー」である
夢中になってくると
首を振りながら「ほー、ほー、はほー」である
わはははは
どうだ俺様は強いのだ
寒さなんかには負けないのだ
こんな時に限って女子学生に見つかったりする
何者だろうと、ちょっと避けられたりする
恥ずかしいかぎりである
確かに向こうから歩いてくる人が
首を振りながら空に向かって息を吐きつづけていれば
相当に怪しい
でも寒い朝の数少ない楽しみなのである
見なかったことにしていただきたい
どうか、そっとしておいていただきたいのである

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エッセイ7 「商品券」

何やら商品券がきな臭い
怪しい
只ほど高いものはない、と教わった
概ねそれは正しかった
バブルの頃もわれ関せずを決め込んだ
お陰でこうしておまんまが食える
つまりそれなりにリスクは回避できるということだ
人生転んでばかりいれば
転ばないように注意もする
いくら物忘れがひどくても
向うずねを手ひどくぶつければ
そうすぐに忘れたりはしない
小心者であることは悪いことだけではないのだ
少なくとも痛さが麻痺した勇者の危うさはない
それなのに、である
商品券である
これは回避のしようがない
冗談じゃない
こんなリスクは御免である
くれるというものを拒むことはないという人もいるが
理由もなく人様からものを頂いてはいけない、と教わった
概ねこれも正しかった
お陰で人様から後ろ指を差されずにいられる
いずれ税金でかえすんだから自分のものだという人がいる
なおさら御免である
自分のものならそっとしておいてほしい
勝手に手を触れてくれるな、である
誰のためなのだろう
いつのまにか年老いた人や子供たちに送られることになった
何のためなんだろう
それさえちゃんと教えてもらえれば
もっといい案を考えてあげるのに
ほんとにしょうがないなあ
商品券だって
公約するほうもされるほうも
おお、桑原、桑原
触らぬ神にたたりなし
使わぬ商品券に効果無し、である

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エッセイ6 「10月にはドイツでビールを」

海外旅行をしたいと思うことは余り無い私だが
それでも定期的に押し寄せる思いがある
オクトーバーフェスタ
昔はオクトーバーフェッセと言ったようにも記憶している
まあ、どっちでも同じだ
要は秋の収穫祭だと思えばいいのだろう
まさに、飲めや歌えのお祭りである
新聞によれば560万人の600万リットルだそうだ
期間中の人出と飲み方は半端じゃない
とにかく飲む、飲む、飲む
つまり祝う、祝う、祝うだ
幸せにビールだ
幸せでビールだ
幸せをビールだ
文句があるかってんでビールだ
20代の時に仲のいい先輩と
ドイツはミュンヘンの有名なビアハウスで飲んだ
一週間程度のヨーロッパ旅行のうちの
二日間を彼の地で過ごした
ビールが飲みたくて
友達と計画した旅行の
目的地に立ち
私たち二人は飲んだ、酔った、吠えた
その時からの思いがオクトーバーフェスタである
ビールの国で
ビールの住人になり
ビールの幸せに身を包む
頑張ったんだもの
そのぐらいいいじゃないか
ねえ、神様
この地はビール好きにとって神聖な土地なのだ
だから死ぬまでに一度は
10月はドイツでビールだ
何度も思い何度も口に出した
おお、俺も行くぞと言った先輩も
未だに夢を果たしてはいない
夢は叶わないから夢なのかもしれないけれど
でも私は、もちろん先輩も、実は知っている
叶えようと思えば明日にでも
叶えられることを
実現可能なことを
その10月がまたやってきた
今年こそ彼の地で心行くまで
ビールを飲んでみたいと思う
560万人もいて
600万リットルしか飲めないなんて
そんな軟弱な飲み方は
この私が許さない
少なくても一週間は祭りに帯同し
一日3リットルとして
21リットルほどは上乗せを狙いたい
たかがと言うなかれ
僅かと笑うなかれ
愚かと蔑むなかれ
ビール飲みの
夢を笑うなかれ
10月はドイツでビールを、なのだ

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エッセイ5 「使っているのか使われているのか」

パソコンを使うようになって数年がたつ
月報書きやなんやら
最初はワープロ代わりだ
ワープロの時もそうだが
手で書いたほうがよっぽど早かったりする
どこが便利なのか良く分からない
でも同じ文章を何度も使えるし
修正が楽だし
印刷するときれいじゃないですか
まるでメーカーの営業のような
常套句を後輩がまくし立てる
一々もっともである
確かに慣れれば、これはこれで
使い始めたら、それはそれで
でも、ワープロに始まって
データ整理の表計算ソフトとか
グラフ作成ソフトとか
いろいろなソフトが増えてきた
バージョンアップと言う搾取の機会も
級数的に増えてきた
なんだかこの頃では
「駄目だよこっちは古いバージョンじゃなきゃ読めないよ」
なんて、お間抜けな話を良く聞く
大体世の中には
やたらどんどん新しいものに飛びつく浮気者と
ちょっとやそっとじゃ新品に触らない臆病者と
単なる傍観者しかいないので
職場の中は薄ら寒い斑模様の有様である
そのうち、止まる
唸る、すねる、居直る
「おーい、なんか止まっちゃたぞ」
「ハングリましたか」
なんてことになる
こうなりゃお手上げだ
何でもリセットのリセット屋さん
いきなり電源を落とすスイッチオフ屋さん
茫然自失の頭真っ白屋さん
そこら中病人だらけと相成る
でも安心を
ここぞとばかりに小躍りしている
パソコンオタクが助けてくれる
こちとらがせっせとかき集めた
各種の小物ソフトを
これも駄目、あれも駄目
これは論外
ばんばん捨てる
どんどん止める
何のことはない
元の味気ないただの箱に戻されてしまう
味気ないことこの上ない
本当に私はパソコンを使っているのだろうか
もしかしたら使われているのじゃないだろうか
遊ばれているか、悩んでいるか、悔やんでいるか
それ以外の貴重な時間は取り説を読んでいる
ほんとに、もうお手上げである

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エッセイ4 「みんなはどうなんだろう」

他人のHPより自分のHPのほうが数段面白いと思う
もちろんそんな不遜な気分になるのは
月に一度か二度
多くても三度までだ
一日にではない
あくまでも月の、話である
その程度は誰だって
そう思っているのだが
本当にそうなのだろうか
ネットワーク上の付き合いも
普通の隣近所の付き合いも
面倒なことは何ひとつしたくないたちなので
情報が決定的に不足している
身の周りの数少ない情報を頼りに
自分だけではないはずだと推論しているのだが
実際のところはどうなんだろう
試しに本屋に行ってみれば
ある、ある
小説家になるには、とか
作家になるには、とか
賞に受かるためには、とか
そういった類の本が結構ある
一冊を手に取ってみれば
誰もが書きたがっている、誰も読みたがらない
そんなことが書いてあった
我が意を得たり
そうだろ、やっぱり
そうだよ、みんな書きたがってるんだよ
でも、わざわざ他人の書いたものなんか読みたくないんだよな
特に画面上に浮かぶ文字は
それだけで読む気を人から奪い取る
究極のハイテクなのだから
どんなに機械が進歩したって
紙ほど文字と相性のいい媒体は生まれるはずがない
紙って究極のローテクだから
ローテクは生き残るのだ
薄ら寒いハイテクと違って
キーボードを叩きながら
ブラウン管に浮かぶ電子の文字を
追いかけている私自身の矛盾はとりあえず置いておいて
みんな書きたがってるんだの呪文を唱え
誰も読みたがらない駄文を綴ってゆく
やはり、これが一番面白いと一人で納得しながら
でも、本当のところ
みんなはどうなんだろう

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エッセイ3 「眠れない夜」

私のようにいいかげんな男でも
仕事のプレッシャーはある
実は人並み以上にあるといった方が正しい
実は単なる小心者なのだ
従って、何か問題がのしかかってくると
気になって夜眠れなくなることがある
大体そんな時は、仕事も忙しく疲れているのに
目が冴えてしまうことがある
こんな時は結構辛い
冗談じゃねえ
どうして私がこんなことで悩まなくてはいけないんだ
悩むべきは私ではない
与えられた仕事をちゃんとこなさない人が居るからいけないんだ
そう思ったらもういけない
益々目は冴えてくる
体が疲れているのに
神経だけは鋭敏になってゆく
もともと、体を大して動かさないで頭だけ使ったりすることが多いので
不自然な疲れ方をするのだ
こんな時は本を読んでも酒を飲んでもいけない
羊の数を数えるなんてのは、それこそ時間の無駄だ
一万を超える数を数えるなんてそもそも非人間的だ
そう思うでしょ、あなただって
牛乳を温めて飲むといいと聞いた
確かに効くような気もするが
大の男がちょっと情けない気もする
それでも眠れればまだいい
何をしてもちっとも眠れない時はかなり情けない
眠くないならしょうがない
眠いのに眠れないから歯ぎしりするのだ
悔しくて涙が出てきてしまうのだ
こういう時は諦めてしまえ
無理に寝ようとしないことだ
そんなことを信じていたら朝になってしまったことがある
一体この憤りを誰にぶつければいいのだ
そもそも、仕事をちゃんとやらないやつが
やらないやつが、い、け、ない、ん、だ
駄目だ、今寝たらもう起きれない
今日、休むわけには、いかないんだ
大切、な、かい、ぎ、、、
ほら、無理して寝ようとしなければ
そのうち、ちゃんと寝れるだろう
そう、起きつづけるほうがずっと難しいことは
いやというほど分かっているはずなのに
どうして眠れない夜がこんなに恐怖なんだろう
小心者だからだろうか

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エッセイ2 「もう一つの実物」

実物を見て驚くことがある
誤解や勘違い
勝手な想像や迷惑な期待があるからだろう
「ちいさな恋の物語」のみつはしちかこを新聞で見た時
「ぐっ」言葉に詰まった
もちろん漫画の主人公みたいな
ちっちゃくてかわいい少女だとはいくらなんでも思ってはいなかったけど
いなかったけど、ねえ
詩人の銀色夏生はほんのつい最近まで「軟弱な男」だと信じていた
その軟弱なところが気にいっていたのだが
女性だと知った途端に
やっぱり女性だからこういう風な物言いになるんだろうな
なんて、意地悪を言いたくなった
自分で勝手に男だと勘違いしていたのだが
どっかに裏切られたような思いがあるせいだろう
作家の群ようこも文庫本のカバーにある小さなモノクロ写真から
本人が言うようにそれほどひどくないじゃないか
むしろ、見ようによっては結構かわいい
そう思っていたのだが
この間買った本の写真は斜めから写した
それも最近のものと思われる写真に変わっていて
確かにこれなら本人が言う通りで間違いは無いと思った
けして謙遜ではなかったと思った
だまされたとは思わなかったのがせめてもの救いか
しかし、これも実物とのギャップに面食らった経験である
田辺聖子は似顔絵で免疫が出来ていたので
ショックは少なかった
いきなりだったらどうだっただろうか
もの書きに代表される文化人や才人といった人に
憧れとコンプレックスがあるために
必要以上に相手を持ち上げてしまうのかもしれない
能力が問われるプロの世界は
いや、世界だからか
結構凄い人たちがマスコミに登場することがある
この場合の結構凄いは
実物を見た時の落差の大きさを言っているのだが
小椋佳なんかも凄かった
井上ひさしもなかなかのものだ
和田勉も負けてはいない
なんか話が違う方向に進んでしまったようだ
これ以上言うと
そういうお前はどうなんだ
そう言われそうだ
初対面の人の
瞳に浮かぶ
一瞬の失望
永遠の絶望
それらを
過去幾度となく経験してきたことだけは
隠さずに白状しておくことにしよう

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エッセイ1 「落ちる」

落ちるってことはいやなものだ
例えば試験に落ちた経験がある
友達からの人気が急降下したこともある
大切なものを落としてしまったんじゃないかと
思うこともある
手を放せば自然に落下するのだ
何もかも
何しろ宇宙には万有引力がある
いや、地球には万有引力があると言い直そうか
下が固いコンクリートなら
粉々のグワッシャーン
落とす方はいつだって意地悪な気持ちだから
狙ってコンクリートに叩き付ける
実際には手を放すだけだけどね
大人になるといろんなものが落ちてくる
記憶力はもちろん
体力だって
肉欲だって落ちてきたりする
今私の周りではバイアグラの話題で持ち切りだ
こんなことを書くからまた評判が落ちる
Hなんてかわいいもんだ
今じゃ、へたすりゃ「セクハラおやじ」だ
いくらなんでもそこまでは落ちたくはない
せめて給料が落ちるぐらいで手を打ってほしい
いや、それも困る
冗談にもならない
世の中に落ちていいもんなんてあるのだろうか
問われればお答えしよう
汚れ(よごれ)、汚れ(けがれ)、憑き物
ささっと落ちて、やれ、うれしい
水上運動会でのギャルの水着
これもかなり嬉しい、大いに期待したい
これで、また確実に私の評価は落ちたに違いない
もう一つ落ちてもいいものがあった
それは恋だ
いくつになったって
素敵な恋なら落ちてみたい
素敵じゃなくても落ちてみたい
恋の罠なら自ら進んで
落ち込んでみたい
這い上がりたくないって思ってさえいるのに
こんな時に限って誰も
手を放してくれないんだ
人生はいつも概して意地悪だ
誰かのほんの気まぐれで
落とされてしまうこちら側の人間として
意地でも落ちてやるもんかと
思っていたこともあったのに
高いも低いも所詮相対的なものさ
そのことに気が付いてから
多少の浮き沈みは気にならなくなった
実際には沈み沈みの毎日だとしても
平衡感覚が麻痺しはじめているから
そう騒ぐこともない
それでもやっぱり
落ちるってことは
いやだなあ
ちょっとがっくりくるなあ

目次


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