午後2時。船は我が町に向けてゆっくりと走り出しました。
アミーゴ社会ブラジルでは船客はみな友達のようなもの。誰とだってすぐに
おしゃべりがはじまります。
船のおしりのところのちいさなバールでビールを飲んでいると、
「よその人たち」がやってきました。
私が乗っている船は、我が町と対岸の町とを往復する定期船。乗客のほとんど
が両町を行き来する町民、あとは出荷用生産物や買いつけた商品など。だから、
それ意外の人が乗っていると「おっ、旅人だ!」と思うわけです。
聞いてみると、彼らはセルラー(携帯電話)販売人で、リオ・デ・ジャネイロ
からの出張とのこと。どうりでちゃんとした靴を履いてると思った。
私たち(といっても私はよく話せないのでうなずくだけ)の話題はもっぱら
「環境保護」。というのも、目の前のバーテンが、バールでつかったプラス
チックのコップやストローを当たり前のように、ぽいっぽいっ、と河に放り投げて
いくからです。だからか、船の上はすっきりときれい。(ごみ箱もなかったな)
カリオカ(リオ・デ・ジャネイロっこ)は憤慨します。
「あぁ、恥ずかしい!いったいなんだと思ってるんだ!
おまえの船は一往復で何人乗せる?1週間では何人になる?
ごみの量を計算してみろ。100年後、200年後にはどんなことになるか想像した
ことがあるか?!」
そういわれても、河は流れて捨てたごみをみんな下流に運んでしまうので、
目の前はいつもきれいにみえるんです。見えるところにこだわる(私の
今までの観察による)ブラジル人の性質からすると、これはうまい具合に…
としかいいようがありません。
私だってこんなに雄大な河を目の前にしていると、なんでも受け入れてくれ
そうな気がしてしまいます。
雄大なアマゾンの河の民に「ごみを河に捨てるな!」なんて、馬の耳に念仏って
いう気がします。
じりじりと照りつけた太陽も西の水平線に沈み、あたりは薄紫色に染まってきまし
た。もう遠くには我が町の明かりが見えています。もう少しだ。
突然。
強風が。
バッターン!
平均台のような船のベンチが吹き飛びました。
船も大きく揺れ始めました。
いや〜な感じ。
吊ったハンモックに座ってバランスをとろうとしてみます。
となりに座っていたにいちゃんが「大丈夫大丈夫。風だけだから心配ないよ。
これで雨が降ると危険だけどね。」と声を掛けてくれました。
その後風はおさまる気配がなく、そのうち雨が横殴りに降り始めました。
となりのにいちゃんを促すように見ましたが、もう何も言ってくれません。
風+雨=危険…?
「オオー!!メウ・デーウス!!!!(ああ!かみさま!!の意)」
すでに救命胴衣をつけ、船のポストにしがみついて泣き叫ぶおばちゃん。
ちょっと待って!何?どういうこと?この船沈むの?!
ああ、混乱してきた。
まわりをみると、半分くらいの人がオレンジ色の救命胴衣を装着済み。
私も(揺れて立てないので)足元に風で舞って来た救命胴衣をつかみました。
でもなんだか古いみたいで、薄汚れて空気もあんまりはいってない。
見ると、新品のやつをつけて、さらにもう1個抱えている人がいる!
なんて人だーーー!
映画「タイタニック」のクライマックスを思い出してしまった。
うぅ〜ん、人の最期って究極だ。
それにしても、ひどい。台風か?アマゾンに台風って来たっけ?
シケ、とよぶんでしょうかね、河の場合も。
混乱してて、考えがまとまらない。
船酔い者続出、エコロジストのカリオカも、私も。
吐き気をこらえながらもアタマの中では「船が左に倒れたら右に飛び込もう、
右に倒れたら左に…」というせつない計算があり、船の真ん中でじっと緊張する私。
でも、真っ暗なアマゾン河。
鰐がいるかもしれない…水蛇がいるかもしれない…岸まで泳げるだろうか…
私一人じゃないけれど、だれも助けてくれないんだ。自分で泳がなくちゃ。
おばちゃんの泣き叫び声がますます不安をつのらせる。
誰も声をかける人はなく、逆に苛立っている様子。
「恐いのはあんただけじゃないのに」
さっきまで話をしていた人が何か私に話しかけてきますが、何にも理解できません。
外国語を理解しようとするアタマが混乱によって全く機能しなくなったみたい
です。そんなに難しいことをしゃべってるわけではないようなのに、
本当に全然わからない。
一人だけ、私の町に住む日系人のおじさんが乗船していました。
おじさんは「こんなの慣れているよ」といわんばかりに、腕組みをして仁王立ちに
なっています。そしていつもと変わらない穏やかな笑顔をこちらにむけて
ひとこと言いました。
「おそろしいかい?」
なんて素晴らしいんでしょう!
普通ならここでは、「こわい?」とか「大丈夫だよ」とかじゃないでしょうか?
こんな時に「オソロシイカイ」という日本語を聞くことができるなんて。
日系人ばんざい!日本語ばんざい!
救われました。
おたおた怯える人々のなか、じっと前をにらんで立つおじさんに。
アマゾン開拓に携わってきた日本人の強い芯のようなものを見た気がしました。
小1時間の揺れのあと、ようやく船は我が町の穏やかな湾に入っていきました。
よかった!よかった!あぁ〜よかったよ〜!!
大きそうに見える船も、アマゾンに出れば大洋の木の葉のようなものです。
やっぱり人は陸の動物なんです。土の上を歩けばいいんです。
でも…我が町は陸の孤島。船でアマゾンを渡らない限り、外界へ出られない
という………。