1月27日 木曜日
やはり夜になると寒さに悩まされましたが、いつの間にか寝ていました。気がついてみるとどうやら到着したようで、みんなごそごそと身支度を始めています。と言ってもまわりはまだ真っ暗。別に急ぐ旅でもないので下りる必要もないんですが、誰かに荷物を持って行かれやしないかとしばらくは頑張っていました。でも襲い来る睡魔には勝てることができず、再び寝てしまい、起きてみるともうまわりは明るく、デッキの人々はあらかた下船していまい、船上には数人しか残っていません。荷物の方も昨日の夜に置いたところにそのまま置いてあり、ホッとします。昨日はたくさんの荷物に囲まれて小さく見えた僕の荷物ですが、ほかの荷物が全部なくなってしまい、広い甲板にポツンと残されているのを見ると、一抹の寂しさを憶えてしまいます。
朝とはいえもうすでに暑くなる気配十分で、動くのがおっくうになり、ボーッと川を眺めてしまいます。その間に友人達はホテルに泊まるために一足先に下船してしまいましたが、僕はサンタレンの友人宅に泊まる予定だったのでもうちょっと待つことにします。あんまり早く押しかけても何ですからね。
サンタレン
マナウスとベレーンの中間に位置する人口25万人の町で、アマゾン流域では第三の大きさを誇ります。 歴史的には1661年にタプイス族が住んだのがサンタレンの始まりだとされています。その後ペドロ・テイシェイラによって発見され、アマゾン川とタパジョス川の合流点にイエズス会の宣教場が作られました。1758年には宣教場を中心に町は広がり、ポルトガルにある同名の町からとって「サンタレン」と名づけられました。 その後はゴムを主な産業として発展しますが、1950年代に金が発見され、1976年にクイアバとサンタレンを結ぶ道路が完成するとるとノルデスチを中心とした国内移民が押し寄せるようになり、急速に発展しつつあります。 政治上はパラー州に属していますがアマゾン川の中流ということで、ほかの地域から孤立しており、近年「タパジョス州」として独立しようという動きも起こっています。 |
しばらく船上でたたずんだ後、埠頭に下りてみると、港の人々の出勤時間でした。まだ朝の7時前なのに人々が続々と集まってきます。もともと朝が早いのが港なのかもしれませんが、ここアマゾンの場合正午前後になると暑さのあまり仕事にならないので、働くのはわりと涼しい朝と夕方です。自転車や車で気持ちよさそうにやって来る労働者達は、どこか日本の夏休みのラジオ体操の子供たちに似ています。「強い太陽の光でたたき起こされました」って顔をしているところがそっくりです。
人々が集まる埠頭には僕たちが乗ってきた船以外にも貨物船が泊まっています。それは大きな外洋航海船で、船内に四本ものクレーンが立っているといえば大きさが分かるでしょうか。まだ朝早いんですがもう作業は始まっています。積み荷は木材。環境保護団体からは森林保護の声が高まっていますが、やはりアマゾンの最大の輸出品は木材。たくさんの製材が積み込まれています。
その間にも何度か友人宅に電話しますが、いっこうに出る気配がありません。仕方がないので住所をたよりに出発することにしました。といってもサンタレンの町は大きく、重い荷物を背負って歩ける距離ではないし、土地勘もないのでタクシーで直行。港は町の西の端にあるので、一路東に向けて走りますが、途中の埠頭には昨日パリンチンスで見かけた豪華客船が停泊していました。僕たちの船をまたもや抜いて先にサンタレンに着いていたんでしょう。タクシーで通りぬけるサンタレンの町は、太陽の光が強烈なことをのぞけば、広々とした道路と背の低い建物の組み合わせでどこにでもあるブラジルの町でした。
やがて運転手に「ここだよ」と言われて降ろされたのは町のど真ん中。さすがにこのあたりは道の両側に商店が密集していて中心部らしさを感じさせてくれますが、アマゾン第三の大都市というよりも、ちょっと大きめの地方都市といったところ。ちなみに僕の感覚では人口が10万人を越えたら、もう「ちょっと大きめの地方都市」です。ましてや30万を超えてたりすると文句なしに大都市ですのでご注意下さい。
さて、そこから友人の住むアパートを尋ね当て、「もしかしたらいないかも。でも今日到着するって連絡したのにいないなんてひどいヤツだな…」と思いながらトントンと階段を上り、あんまり期待しないで部屋の扉をノックすると「は〜い」の声。「いるやんか!さっきはずっと寝てたんかい!」と思ってしまいましたが、友人の名誉のために付け加えておくと、どうも電話の調子が悪くて外からかかってきても電話が鳴らないんだそうな。アマゾンなだけにしょうがありません。
友人宅はサンタレンには珍しい四階建てで、しかも部屋はその四階にあって展望は抜群。窓を開けると目の前にはタパジョス川が広がっています。サンタレンはアマゾン川沿いの町ですが、正確にはアマゾン川とタパジョス川の合流点にあり、町の正面を流れているのはタパジョス川です。そのタパジョス川は茶色のアマゾン川の水とはちがって、黒っぽい水の色です。でも友人が「いんや、タパジョス川の水は青いんだ!」と言い張っているので青と言うことにしておきましょう。その青いタパジョス川と茶色のアマゾン川の合流点が沖のほうにあるらしく、くっきりとした境界線が見えます。我が家も景色の良さにかけてはひけをとりませんが、こちらもなかなかのもんです。
ところで友人宅には日本から送ってもらった女性雑誌がたくさんあったのでパラパラとめくっていましたが、「99年今年の水着特集」のところで思わず目がとまってしまいました。久しぶりに見た日本女性の水着姿に引き込まれたのもそうですが、何よりも驚いたのが彼女たちの体をおおっている布きれ。「デカイよぉぉ〜〜〜」と心の中で思いっきり叫んでしまいました。だってデカイんだもん。ブラジルの水着に慣れてしまった僕には「何もそこまで隠すぐらいだったら初めから水着なんか着なきゃいいやんか!これでは日本男性があまりにも不憫だ!」と言いたくなるぐらいの大きさでした。まったく、限りある資源を大事にするためにも余分な布地は使いたくないもんですね。
一休みしたあとはサンタレンの散策。ホテル泊の友人が国際電話をかけるとのことで、電話局に行ってみます。ホテルにある普通の電話でも国際電話はかけられます。ただ、その場でお金を払いたいので電話局に行ったまでです。
電話局はセントロにあって、建物内は冷房がきいています。サンタレンのお店などで冷房がついているところは少なそうなので、これはありがたい。電話をかけない人達もついでに涼んでいます。僕も一緒に涼みながらチラッと壁を見てみると、「アマゾン・セルラール」のポスターが下がっています。そうです、携帯電話です。今どきアマゾンでも携帯電話は使えるんですよね。日本の人が持っている「アマゾン=原始林=インジオ」というイメージに反しますが、マナウスの街角では携帯を持っている人をちょくちょく見かけます。さすがにサンタレンの町中で携帯をかけている人を見かけることはまだありませんが、そのうち、このあたりのビーチ沿いで若者が携帯で長電話する時代になるのかもしれません。
その後は一人で気の向くままに歩きます。昨日警察から「サンタレンについたら連邦警察に出頭しろ!」と言われましたが、むかつく警察なんかには絶対行きません。だから川沿いを歩くことにしました。電話局を出たのはちょうど午後の日差しが一番きついとき。川沿いには洋服や食べ物を売っている屋台が並んでいますが、人影もまばら。店員も暑さが通り過ぎるのを待つかのように日陰でジッとしています。こんな暑い日中に歩き回っているのは旅行者の僕ぐらいですね。
川岸にはいかにもアマゾンらしく船がドカドカと横たわっていて、荷物を積み下ろしています。ある船からは船頭さんに追われて豚が続々と出てきます。豚もさすがに暑いもんだから川に入ってしまい、ケツを叩かれてもなかなか動きません。それを船頭がけだるそうに追っている姿こそアマゾンです。僕としては。
うろうろしているうちにアッという間に夕方になるのがアマゾンの恐ろしいところ。そしてアマゾンの夕方と言えば「タカカ」です。マナウスではあんまり見かけなかったので、サンタレンには期待していたんですが、ありました、ありましたよ。タカカ屋さん。昼間は何もなかった川沿いの歩道に突如現れた屋台。サン・パウロだったらさしずめカショーホ・ケンチ(ホット・ドッグ)の屋台ですが、お椀が伏せてあるのですぐに分かりました。タカカ屋です。
いても立ってもいられずに頼んでみます。作っているのはいかにも美味しいタカカを食わせてくれそうなおばちゃんだったので任せっきり。「○△×入れる?」と聞かれますが、何のことか分からないので、とにかく「何でも入れていいよ」と作ってもらいます。どうもベースになっているのは片栗粉を水に溶かしたようなタピオカのドロドロの液体と、みそ汁みたいな色のタレのようです。これに油であげたエビや、コウベ・フロール(ブラジルの野菜)みたいなものを入れています。
アッという間に出来上がり。見た目は汁の色といい具の具合といい日本のみそ汁そっくりです。さあ、思い切って飲んでみると…
すっぱ〜い!!
舌先がしびれるような酸っぱさです。でもこの酸っぱさが暑さに疲れた体を刺激してくれ、どこからともなく食欲が湧いてくるから不思議です。酸っぱいタレと味がないタピオカの汁を加減しながら口に入れると何とも言えないおいしさ。そうですね、タイ料理のトムヤムクムみたいな酸っぱさでしょうか。もちろんタカカは辛くはないんですが。
一心不乱に食べ、すぐに無くなってしまいましたが、その瞬間「ハッ!!」と気づきました。
すすっちゃった。
そうです、ブラジルでは汁を飲むときにズズズーっとすするのはマナー違反なんでした。でも悲しいかな日本人の習性、おいしい汁を目の前にするとやっちゃうんですよね。そう思って冷静に見てみると、まわりから白い目で見られているような気がして、はずかしいです。
ちょっとさめた目で見てみると、他のお客さんはタカカを食べるのにつまようじを使ってました。僕はスプーンで具を拾いながら食べていたんですが、つまようじで上手に食べている他の人を見ていると「あんた、通だね!」と言いたくなります。日本で言ったら、広島風お好み焼きを箸を使わずにヘラだけで食べるようなもんですかね。
タカカを食べて涼しくなったところで友人宅に戻りますが、今晩は日本食のお店に行くみたいです。こんなアマゾンの奥地に日本食店と驚くかもしれませんが、サンタレンや、その周辺のパリンチンス、モンテ・アレグレは日本からの移民がたくさん入ってきたところ、立派な日系社会もあり、もちろん日本食も食べられます。
これを読んで、「ああレストランるみか」と思った人はだいぶんサンタレンに詳しい人ですね。岡田さんはサンタレン日本人会の前会長で、「るみ」という日本食レストランをやっていたんですが、一年ほど前に会長を辞め、店も娘夫婦にまかせてサンタレンから少し離れたベルテーハというところに移ったんです。そんな現在、サンタレンで一番おいしい日本食を食べさせてくれる店は「ヒトミ」です。
さっそく友人に連れられて「ヒトミ」に行きます。こじんまりとした店内に入ってみると、いきなり迎えてくれたのが早見優のポスター。着物を着ているポスターを飾っているところに外国らしさが出ています。そして僕たちを迎えてくれた店主は戦後移民のおじさん。もちろん日本語も話せます。久しぶりの日本からのお客さんと言うことでいろいろと話してくれましたが、最近の店長の趣味はパソコン。とくにインターネットにはまっているらしく。毎日5時ぐらいまでパソコンの前に向かっているとか。お陰で昼に店を開けるのも大変だそうです。そう思って見ると、メニューも名刺もパソコンを使ってお手製で、ヒトミのホームページができるのも時間の問題でしょう。
そんなおじさんが作ってくれた日本食は絶品。カレーライスに冷やし中華にそーめんにチャーハンと懐かしい料理をみんなで頼みましたが、どれもこれもおいしい。とくに冷やし中華なんて日本の味と全く同じで、ここまで美味しい日本食を食べさせてくれる店はサン・パウロにもそうはありません。
「やろうと思えばアマゾンで手に入る材料で日本と同じ味はだせる。ただ、日本の味にしちゃうとブラジル人の客足が遠のくからブラジル人にも食べやすい味にしているんだ。だからたまに来た日本人客に『日本の味と全然違う!』と言われたときが一番辛いよね」
そう思って見回してみると、僕たち以外はみんな地元のお客さん。やっぱたまにしか来ない日本人なんかよりも毎日来てくれるブラジル人のお客さんの方が大事ですからね。でもおっちゃん、日本人の僕が食べてもとってもおいしい日本食だったよ… って、今日食べた冷やし中華やチャーハンやカレーライスは日本食だっけ?何ヶ月振りの日本食レストランに行って、なんでそんなのたべるんやろ?
1月28日 金曜日
一緒にマナウスから来た友人達は今晩の飛行機でベレーンに向かうそうです。つまり彼らにとってはサンタレン最終日。ということはあそこに行かないと行けません。
アウテール・ド・ションです。サンタレンから1時間ほどバスで行ったところにあるビーチリゾート。ビーチと言っても川のビーチですが、茶色のアマゾン川ではなく、タパジョス河畔にあり、乾期には真っ青な「川」が目の前に広がるきれいなビーチだそうです。アウテール・ド・ション行きのバス停に行ってみると、次のバスまでは小一時間ありました。でもお客さんたちはのんびりと待っています。日本的感覚からすると、1時間もあるならコンビニかどこかで暇つぶしをするもんですが、みんなアマゾンを流れる水と同じくらいたくさんの時間を持っている人たちなので、誰もあわてません。木陰で涼みながらたたずんでいます。
そんな事情を知ってか知らずかこちらに近づいてくるのはアイスクリーム屋。アマゾンの友人からはことあるごとに「アマゾンのアイスクリームはおいしいから」と言われているんですが、果たしてどんなものでしょう。アイスボックスの下に車輪がついたような手押し車を押しながらアイスクリーム屋はやってきます。バス停にやってくると、暑さに疲れたバス待ち客たちが次々に買いますが、なんと値段は10センターボ。日本円にして10円もしません。いくら物価が安いアマゾンだといってもこれはかなりの安さです。早速食べてみますが、これまたおいしい。100%のフルーツジュースをそのまま使っているようなフルーティーな味わい。果物がいやになるぐらいとれるアマゾンでは10センターボですが、日本だったらその10倍は取られますね。果物が高い日本から来た僕には格別の味でした。
やがてやってきたバスを見てびっくり。サン・パウロの近くで走っているような立派なバスです。マナウスでもこんなきれいなバスは見かけませんでしたが、もしかしたらこのあたりにサンタレンのサンタレンたるゆえんがあるのかもしれません。というのもマナウスは東西に流れるアマゾン川の北岸で、ブラジル中枢部に続く陸路がありません。一方サンタレンは南岸にあり、乾季しか通行できないものの、曲がりなりにも陸路があります。その違いがこのバスに表れているんでしょうか。もしそうだとすると、アマゾンの南と北では生活も違ってくるんでしょう。それほどまでに大きなアマゾン川です。
僕たちを乗せたバスは市内をぐるりとまわると、一路アウテール・ド・ションへ向けて出発。バスは新しいんですが、乗合バスには変わりありません。丘がいくつも連なる道を進みながら、途中の集落ではいろいろな客が乗り降りします。こんな田舎のバスだと運転手も客もみんな顔見知り。バスがとまるたびに乗り降りの客と世間話をしていて暖かい雰囲気につつまれます。老人や子供が乗ってくると進んで手を差し伸べたりと、田舎のバスはのんびりです。
アウテール・ド・ションまでの道は登ったり降りたりの繰り返しで、想像していた「アマゾン=真っ平」というイメージからはだいぶんかけ離れています。でも「ようこそアウテール・ド・ションへ!」という看板が見えるころから道は川岸に向かってなだらかに下っていきます。そして街角をバスが曲がると目の前に真っ青な川が広がっていました。古ぼけた家々の隙間や木々のあいだから垣間見える青い川はまさに「夏の風景」です。一度だけ、江ノ電に乗ったことがありますが、その時のことを思い出してしまいました。古ぼけた(語弊があるなら「歴史のある」)街角からキラキラ光る海が見えるとなぜか子供のころの夏休みが思い浮かびます。子供のころは海から遠く離れた山のそばで育ちましたが、どうして海が思い浮かぶんでしょうか。
バスを降りて海岸に下っていくと目の前には真っ青な川と真っ白な砂浜、緑が濃い椰子の木の下にはバナナの葉っぱで屋根をふいたキオスク(海の家みたいなもの)が連なり、まさにリゾート気分。河口から何百キロも離れた川岸で、こんな景色を楽しめるのは世界広しといえども、ここアマゾンだけではないでしょうか。
川岸のキオスクからはお昼時ということでかぐわしい焼き魚の匂いが流れてきます。頭上には真夏のアマゾンの太陽。思わず眠くなってしまいますが、ここはひとまずビールで喉の渇きを癒した後、あたりを見物することにでもしましょう。遠くのほうに見晴らしのよさそうな高台が見えます。推定標高50mちょっと。たいした山ではなさそうですが、まわりは真っ平なジャングルなので見晴らしがよさそうです。そんな高台を見たら登らないわけにはいかないのが「旅する青年」、パノラマ写真のために一汗流すことにしましょう。
近くのキオスクのおばちゃんに聞いてみると頂上までは道があるとのこと。言われるままに川沿いを歩きますが、目の前の川には対岸がありません。はるか水平線のかなたまで陸地らしい陸地は見えず、海のように広大に広がっています。支流のタパジョス川でさえこんな広さなのだから、アマゾンの大きさには舌を巻きます。左側を川、右側を背の低い密林に挟まれた狭い砂浜をしばらく歩いていると、密林の中に伸びる道に突き当たります。他にそれらしい道もないので、これが登山道なんでしょう。
両側はジャングルといっても背がそれほど高くないので圧迫感はありません。それよりも気にかかるのが、水を持ってきていないこと。浜辺のキオスクから見たらすぐそばに見えたので持ってきませんでしたが、こうやって歩いていくと上からギンギンに照りつける太陽のせいもあって、なかなか目的地に近づきません。少しずつ喉も乾いてくるしまだまだ半分も行ってないし、と焦りばかりがつのります。普段、山に登る時には事前に十分に調べて、食料や水も必要料以上にたくさん持っていく人なので、こうやって手ぶらで歩くのは精神的にとってもつらい。「このまま喉が乾いたらどうなるの?」とか思いながらも、目の前の山に登らないかぎり帰ることもできません。自分で自分の首をしめていく僕なりのプチ・ジレンマです。
ジャングル歩きも終わり、やっと山の斜面に取り付くと、そこには背の低い草が生えているだけでまわりをさえぎるものはありません。太陽もそれまで以上に強く照りつけるんですが、体の周りを風が通り過ぎる分、ジャングル歩きよりも楽です。山に登ったことがある人なら分かると思いますが、稜線で吹かれる涼しい風は、一杯の水と同じくらい人を元気にさせます。
元気を取り戻すと、こんな山はあっという間です。もちろん頂上についても誰もいませんし、何もありません。360度の視界が目の前に広がります。ここまで登ってきて、やっと遥か遠いかすみの中に対岸が見えましたが、後で聞いたところによると、この時対岸と思ったのは川の中州だったんだそうです。ああ偉大なりタパジョス川。
そして川の反対側には今度こそ見渡すかぎりの大森林がどこまでもどこまでも時のかなたまで続いています。あんまり広いので思わず「ヤッホー!」と叫んでみますが、かすかなこだまが返ってくるだけで葉っぱ一枚落ちません。まるでさっき自分が叫んだのがうそのように静まり返っています。頭の上には悠々とウルブが輪を描いていて、これぞ大自然、人間のちっぽけな営みなど無縁の膨大さです。
久しぶりに自然との一体感を味わった後、何をするでもなく川面を眺めていたら、遥か遠い岸辺に人影が見えます。観光地化されたアウテール・ド・ションからどれぐらい離れているんでしょうか。少なくとも歩いては行けないぐらい遠くの浜辺で二人の人影が楽しそうに水と戯れています。二人のそばには小船があり、きっとそれに乗って究極のプライベートビーチに来たんでしょう。時間と空間だけは無尽蔵にあるアマゾンならではの遊びをうらやましく眺める僕でした。
山から下りて、友人達のところに戻ってくると、もう帰る時間でした。そろそろ返らないと友人たちの飛行機に間に合いません。時間を超えた道楽を楽しんでしましたが、無粋な時間はすぐそこまで迎えに来ていました。
空港につきました。思ったよりも大きい空港です。そのころにはもう日も沈んでいましたが、屋根には昼間の熱気がムンムンとこもっていて、汗をかかずにはいられません。一日の汚れと汗でぐちゃぐちゃになっちゃいそうですが、こんなに汗と泥が似合う空港ってアジアみたいです。そう思ってみるとインジオ系の人もいて、なおさらアジアの風を感じてしまいます。
無事友人たちを送り届けると、もう夜。川沿いのバールで夜風に吹かれながら乾杯。そこは生演奏つきの洒落たお店ですてきな一日を締めくくるにはなかなかいいところ。魚とビールを並べて友人と語り合っていると、頭上から飛行機の爆音が響いてきました。飛行機は星のように東の空へ消えていきましたが、時間から行ってさっき空港で見送った友人たちが乗っている飛行機でしょう。昨日今日と一緒に過ごした僕たちですが、ベレーンに飛んでサン・パウロに帰る人、これからアマゾンを下っていく人、これからもサンタレンに残る人、三者三様の物語がまた始まるんですね。
その晩も、アマゾンは人々の気持ちや時間をやさしく包み込んで流れていました。