2001年9月、こんな言葉がありました
言葉は温かい、言葉は辛い、そして言葉はやるせない
特に断りがない場合は、朝日新聞から引用しています
この一週間の世界を振り返ります。どんな言葉があったのでしょう
引用時のミスには気を付けているつもりですが、何かありましたらメールでご指摘ください
メールはこちら憂鬱のKまで、ほんとだよ、ほんとに待ってるんだよほんとだと言ってるのに
♀、♂、NEWS
、今週のサメの脳みそ 、今月の経済
、読み人知らず マーク付けました
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★最近の言葉 (9/30)
♂ 「テレビは多くのカメラを使ったスイッチャーの間(ま)、俳優の間ではない。だからあまり好きじゃない」
- 「フィルムにいつの間にか定着されている見えない空気が好き。このまま映画で食えていければ最高です」
♂ 「あの歳で『王立』のような作品を作ったことをうらやましがる人もいるけど、その出直しにこれだけかかったわけで、僕もきっちりツケは払いました」
- 1962年生まれ。 アニメ監督 山賀博之さんの言葉
- 「『王立』後、このまま次を作ったら同じようなものができると思った。職業監督ならそれでもいいんだろうけど、僕は一から出直したかった。それに、バブルの間はどうも世の中と趣味が合わず、社会との距離もつかみかねていた。バブルがはじけて、これなら僕も僕なりに生きていけそうだと−−『エバァ』みたいですが−−自分に自信がついたんです」に続いて
- 長い空白を経てテレビアニメ「まほろまてぃっく」「アベノ橋魔法☆商店街」の2作を監督する
♂ 「だれか英語で申請文が書ける人、紹介してください」
- 24時間落語をしゃべり通すマラソン落語をギネスブックに申請しようと挑戦
- 22日夕方からはじめ、23時夕方最後のネタは昨年度の芸術祭優秀賞受賞の「英国密航」
- アメリカ人の父と日本人の母を持つものの、英語はからっきし
♂ 「ファービーは美的条件を備えておらず、著作物として保護対象の美術工芸品ではなく実用品」
- 電子ペット「ファービー」の模造品を販売し著作権法違反の罪に問われた大阪市のがん具販売会社「ナカヨシ」と同社常務中島雄二被告(44)に山形地裁は無罪を言い渡した
私も美的とは思いませんが・・だからといって模造品を作っていいとも思えませんねぇ |
♂ 「米国が正しいのかどうか分からないが、我々は十分苦しんできた。戦争には疲れ果てたよ」
- アフガニスタン避難民 シェド・オマールさん(24)の言葉
- 農家だが、この4年の厳しい干ばつで収穫は殆どなかった。土地や家畜など財産全てを売り払って、密入国ブローカーに話をつけパキスタンに入れた
(9/23)
♀ 「年食って、ナリが大きくなっても、そんなに強くはなれないんじゃないかな。現に自分がそうだから」
- 1952年生まれ。 シンガーソング・ライター 中島みゆきさんの言葉
- 「一見楽しくないことも、きっと何か理由があるに違いなくて、逃げないで理由を探ればプラスに動き出すときもあるんじゃないかな、と思う。だから、楽しいことも楽しくないことも、私は両方欲しいの」
- NHKのドキュメンタリー”プロジャクトX”の主題歌「地上の星/ヘッドライト・テールライト」は昨年夏の発売以来、月に約2万枚売れ続ける記録的なロングヒットになった
- 「私もダンスミュージックをやらないと売れないのかしら、と思いそうだったときに、『あんたのやることはほかにあるでしょう』と正気に引き戻された。あれがなければその先の曲もなかったな」
- 「アルバムも『これでもか!』と出来る限り作るんですけど、結果はトホホなことが多くて、次を作っちゃうんですね。失敗が明日への活力です」
- 29作目のオリジナルアルバムは「心守歌(こころもりうた)」
♀ 「彼はね、私を少女のようにさせてくれるの」
- 昨年電撃結婚した20歳違いの夫ビリー・ボブ・ソーントンのことを”なんでそんなに好きなの”に答えて
♂ 「私の戦術を理解するのに必要なのは1日、もしくは1ヶ月、もしくは一生だ。やる気のないものは一生かかっても理解できない」
- 大学までは選手として活躍したが、学問の道へ。大学院に通う22歳の時に、大学でシェークスピアなどの英文学を教え始め、教授として赴任した大学がバスケット部のコーチを探していた
- 「例えていえば、今は電車に乗り込んだばかり。どこに行くかはわからない。でも、この電車が新幹線なみに速いということだけは確実だ」
♂ 「ハリウッドのシステムでは、世界中に眠る、いい物語をすくいとれない。そんな状況を技術で突破したかった」
- 1962年生まれ。 SF映画「ファイナル・ファンタジー」の監督 坂口博信さんの言葉
- 「ゲーム/映画、実写/CGといった分類は意味がない」に続いて
- 「また、ゲームに戻りますが、とりあえずの一歩を踏み出せたと思う」と続く
♂ 「事件から最初の3日間、どこからも歌が聞こえてこなかった」
- 「そして生存の可能性が少なくなった72時間を過ぎたころ、街に歌が聞こえだした」
- 「しかし、ぼくの中で大きな葛藤が渦巻いていた。歌は諦めとともにやってきたからだ。その経過をぼくは注視していた。断じて音楽は人を『癒す』ためだけにあるなどと思わない。同時に、傷ついた者を前にして、音楽は何もできないのかという疑問がぼくを苦しめる」
♀ 「いま、ユニオン・スクエア・パークで花を添え、メッセージを書いている多くは、若い人びとである」
- 1948年生まれ。 ジャーナリスト・作家 青木富貴子さんの言葉
- 「しかし、本当の英雄はアーノルド・シュワルツェネッガーやシルベスター・スタローンではなく、爆破されたタワーで救出に当たった消防士や警官であり、乗っ取られたユナイテッド航空93便の機内で犯人と闘った市民であることを若者は一瞬のうちに理解した」
- 「しかし、星条旗を振りかざし、いまだ強い米国の英雄を求めるアメリカ人一般は標高4千メートルにも及ぶ山岳地帯でのゲリラとの戦いがどれほどのものか、本当にわかっているのだろうか」
(9/15)
♂ 「メジヤーシーンで本当に好きなことをやれているおれたちは、最高に売れてる雑誌なのに中身はエロ雑誌、みたいなもの。いつもファンを驚かせ続けたい」
- 1968年生まれ。ロックバンドSADSのボーカル 清春の言葉
- 「自分たちがかっこいいな!と思えば、ファンもきっとかっこいいと思ってくれる。なぜなら同じファンだから。それが今回初めてわかったって感じかな」
♂ 「生き方が『安い人』と『高級な人』が交錯していて、日本人の二極化を感じますね。『普通の人』のレベルがすごく下がっている気がする」
- 執筆に行き詰ると、新宿や池袋に出掛ける。「いろんな人が満遍なく見られるから」に続いて
♀ 「あのころ私、『失敗したら尼寺へ行く』と言い続けていたそうです」
- 1943年生まれ。 「ハリー・ポッター」の翻訳・発行者 松岡佑子さんの言葉
- ”翻訳だけして、ほかの出版社から出そうとは思わなかった?”の問いに
- 「ええ。私はこの本、自分の思い通りに訳したかった。思い通りの本にしたかった。よその出版社で、他の編集者についたら思い通りににはできませんもの」
- 「私、奇跡的なこと、魔法的なことが起こると、やっぱり天国ってのがあって、だれかがそこから見てるって気がするんです。人間の力を超えた力があるという確信みたいなものがある」
読み人知らず 「娘が亡くなった事実を認めたくない。ぐちゃぐちゃの傷がいやされないまま、表面に薄い皮がやっと出来て何とか生きている感じです」
- 8人の子供の命が奪われた池田小学校事件の被害者の父親の言葉
読み人知らず 「遺族に渡したい。とっさにそう思って、必死でつかんで逃げてきた。同僚も大勢、あそこで働いているんだ」
- アメリカで起きた同時多発テロ事件で倒壊した世界貿易センタービルのメンテナンスをしていた男性の言葉
- 手には焼けこげた「貿易センタービル、101階」の住所がある書類
- 「上から紙やガラス、人体の一部も落ちてきた。煙に追われ窓から飛び降りる人も見た」
♀ 「私たちと逆に階段を上がっていったあの消防士たちは、ビルの中にいるのだろうか……」
- 世界貿易センタービル45階の保険代理店から脱出した高橋三枝子さん(54)の言葉
♀ 「だれかが抑制を利かせねばならない」
- カリフォルニア州選出のバーバラ・リー議員(55)の言葉
- 同時多発テロへの報復としてブッシュ大統領に武力行使を認める下院の決議にただ一人反対票を投じた
(9/9)
♂ 「ザルツブルクの町角の、大きな樹の木陰で話している私たち二人の写真を覚えているだろうか」
- 「あのときも私たちは音楽を話題にしながら、いささかシニカルに自分たちの私的な生活のことを話し合っていた。いつも君は照れくさそうだった、その表情にいつも私は君の隠されたナイーブさを見ていた。」
- 「ディレクターとして、プロデューサーとして、社長として君がしてきたことは大きいが、君の心はそこにだけあったのではないと思う。どんなに仕事をしても余ってしまう何かをかかえていた君、それが私の友人としての萩元晴彦だ」
- 「ザルツブルクの一日を書いた詩の中に、『この世のことを知らなければあの世のことを夢見ることもできないだろう』と私は書いたが、いまの君の眼は何を見、君の耳は何を聞いているのだろうか」
友を哀悼するという悲しさ、口惜しさ。友を持ち、そして失ったこと。別れはいつか来るということ・・・
鳥肌がたちました |
♂ 「同世代を見るとアラが目立つ。ひと世代上には、ああなりたくないという反発がある」
- 「かろうじて自分の未来に対する希望を3老人にたくしているのかもしれません」と続く
- 「明確な加害者、被害者がない時代の現実感だと思います。元ヤクザだった木島も霊感商法の社長も単純な善悪では語れない。ハリウッド映画のようにはいきません」
♀ 「昔は母に言われて、今は自分で自分に『次に行かないかん』と課してしまう」
- 1967年生まれ。シンガー・ソングライター 川村結花さんの言葉
- 「それが寂しさの根源でもあるし、何のためかってことは永遠のテーマです」と続く
- 「音楽を作るときの初期衝動は、出会いや別れのような事件より、ふだんの、なんとなくモヤモヤと寂しい、という気持ちにあることが多い」
- 「私の歌を生で聴いて、『生きていくことって、すごくしんどいけど、いとおしいよね』って感じてもらえたらうれしい」
(9/2)
♂ 「しかし、現実は各地域の特色をつぶしてしまうファーストフード店のような味気ない作品ばかり。だから自分で料理屋を作ったのさ」
- 「ハリウッドが自分の見たいような映画を作ってくれれば問題ない」に続いて
- 自ら代表を務める映画会社「ヨーロッパ・コープ」を今年1月につくった
- 「食や芸術に対して、欧亜は同じような感性を持っているように思う。米国への抵抗はこの2極でやらねばならない」
- プロデュース作品「キス・オブ・ドラゴン」「ヤマカシ」の2本が日本で立て続けに公開される
♀ 「もともと『楽しく行こうよ、人生』という性格ですし、世の中には切ないものや悲しいものがいっぱいあるから、私のポップスはもうちょっと明るいものでもいいかなーと思って」
- 「音楽は永遠の趣味。普段は家事をやって、音楽という非日常の世界と行ったり来たりできる方が楽しいし。曲も生まれる」
♂ 「正統なレッスンを受けなければ、何かが欠けていると思っていい。天性の才能も大切だが、学ぶことで全体を見渡す目を養える。進むべき方向を見極める目をね」
♀ 「昔はもっと厳しかったですよ。無駄怒りしてました。でも、優しいだけで勝てますか?無理なんです。怒るってエネルギーがいる」
- 7月の世界水泳シンクロナイズド・スイミングで立花・武田組が金メダル
- 「選手に『ノーと言うのも返事なんだ』って教えること。最初は、理解していなくても選手は『ハイ』て答えるんです。それは最悪」と答えた