大災害に発展する恐れがあったにもかかわらず、乗員乗客全員が安全に避難できたケースを紹介します(画像をクリックすると、大きな画像でご覧になれます)


Pacific Western Airlines -- Boeing 737-200 -- Calgary International Airport
パシフィックウエスタン航空: ボーイング737-200(カルガリー国際空港)
 
 離陸中に、キャビンアテンダント(
CA)が、機が左へ少し傾いたのと同時に異常な大きな音を確認した。離陸は中断し、燃料に引火している中、119人の乗員乗客は全員安全に避難した。後から、カナデダ航空安全局は、左エンジンの十三ステージのコンプレッサーディスクに故障が生じ、燃料タンクの破片が燃料タンクにぶつかったために燃料に引火した。ディスクの予期せぬ故障がこの、金属疲労の原因であると報告した。
World Airways -- Flight 30H -- McDonnell Douglas DC-10-30 --
Boston-Logan International Airport --- January 23rd 1982
ワールドエアウェイズ 30H便 DC−10型機  ボストンローガン空港、1982.Jan23
   飛行機がボストンローガン空港の15R滑走路に着陸するにあたり、着地予定個所より2,500フィートを超え個所に着地、そのため、残りの使用可能な滑走路は9,191フィートであった。 飛行機は地上を滑走中、滑走路の端にあるライトを避けようと方向を変え滑った後、ボストンハーバーの浅瀬に突っ込んでしまう形で停止した。その時の衝撃で飛行機先端のノーズ部分は機体から離れてしまった。212人の乗客乗員のうち、2名が不明、死亡したと推定されている。他の乗客乗員は怪我はあったものの脱出に成功した。

NTSB(国際安全運送局)は、この事故の原因として次のように報告した。この時滑走路が凍り付いていて、非常に滑りやすい状態であったという、滑走路の状態に対する充分な、情報を入手せずに着陸に挑んだため、飛行機は滑走路内で停止できなかった。

滑走路に対する十分な情報がパイロットに伝わらなかった理由として
1、 FAAの規則に、このような悪い条件の滑走路の状況をパイロットに知らせなくてはならないというガイダンスがない。
2、 FAAに、悪い条件の滑走路に着陸する際、飛行機が停止するのに必要な距離との相互関係をパイロットなどに報告しなくてはならないという、規則が無い。
3、 FAAは凍り付いた滑走路で飛行機が停止するのにもかかわらず、停止に必要な最短滑走距離を伸ばすことなくそのままにしておいた。
4、 ボストンローガン空港に対し特に大型機の着陸時の滑走路のコンディションを整えていなかったとしてこれから、最大の努力をし改善するよう。
5、 航空管制塔は、30H便のパイロットにブレーキをかける時に必要な情報を報告するのを怠った。
と報告した

また、パイロットが、自分の機のブレーキ動作について地上と情報交換をしなかったのにも責任があると言っている。パイロットが、オートスロットルのスピードを保持したまま着陸をしたのが、着陸地点を先にずらしてしまいその為にこのような事故に至ってしまった大きな原因でもあると報告した。


National Airlines -- Boeing 727-200 -- Escambia Bay, Pensacola, Florida --- May 8th 1978
ナショナルエアライン−ボーイング727-200
フロリダ、ペンサコーラ、エスカンビア湾 1978.May08

 現地時刻の21:20頃レーダーの監督の元、ナショナルエアライン193便はペンサコ−ラリージョナル空港の滑走路25にアプローチを開始しエスカンビア湾へ墜落した。
機体は滑走路の東側の端から三分程の所に墜落し、水深12フィートの所で停止した。乗客52人、乗員6人のうち三名が水死した。
 NTSB(国際運送安全機関)は、この事故原因として、操縦士の不正確なアプローチによるものと断定した。操縦士は、降下速度と、高度の確認を怠り、副操縦士は操縦士へ必要な高度の報告とアプローチの時のコールアウト?(口に出して確認する事)怠った。彼等は高度を確認するために必要な物すべてを確認せずまた、地上へ近づくと鳴り始める警告音のシステムさえも切ってしまっていた。そのため、機体がアプローチするにあたり必要な情報を欠いてしまった。
この事故より分かる事は、レーダー側のコントロールにも問題があったという事で、操縦士のこのような行動による、間違いを降下位置を知らせる事でアプローチ位置を直す事が出来たのではないかと言う事である。
Scandinavian Airlines Flight 901 -- McDonnell Douglas DC10-30 -- John F Kennedy International Airport --- February 28th 1984
スカンジナビアエアライン 901便 マクダニエル社DC10−30
ジョンエフケネディーエアポート 1984 2/28

 1984年2月28日、   ストックホルム発スウェーデン経由ニューヨーク行SAS DC-10は、予定どおり運航された。
 JFK空港にて、滑走路4ライトへアプローチし、機体は、8,400フィートある滑走路の4,700フィートの位置に着陸し、滑走路内で機を停止する事が出来なかった。飛行機は滑走路の端にあるライトにぶつからないように右にそれ、4ライト滑走路の端600フィートに位置するサーストン池で停止した。163人の乗客と14人の乗務員は無事避難したが、多少の怪我を伴った。機体のノーズ部分、機体の前方下部分、羽、エンジン、フラップが、衝撃で破壊した。

NTSB(国際運送安全機関)の報告ではコックピットクルーによる以下の問題点を挙げた。
A) アプロ−チ時のスピードの監視とコントロールのプロシージャーの欠如
B) アプローチ時のミスを回避するための無理な着陸の決断
C) 当時、誤作動を起こした経験のあるオートスロットルスピード計器のみに頼りす ぎていた事。
Aloha Airlines -- Boeing 737 -- Hilo - Honolulu --- April 28th 1988
アロハエアライン−ボーイング737 ホノルル、ヒロ空港 1988 4/28
乗客89名 乗員6名
 
 24,000フィート上空を飛行中急減圧にみまわれ、機体の 18フィート(屋根の部分横の壁の部分)が外れてしまった。飛行機はエマージェンシーを報告した 13分後にマウイへと着陸。コックピットでの騒音があまりにもひどいため、操縦士は身振り手振りで、情報交換をした。
スチュワーデス一人が機体が破壊した時に飛ばされ行方不明、また数人の乗客が重傷を負ったが避難は成功。事故の原因は機体の金属疲労によるためのものだった。
United Airlines -- Flight 811 -- Boeing 747 -- Honolulu to Sydney
ユナイテッドエアライン−811便 ボーイング747
ホノルル発シドニー行き

 3 名の操縦士と 15 名のキャビンクルー、337 名の旅客を乗せたユナイテッド航空機は、1 時55 分にホノルル空港を離陸した。約 20 分後、23,000 フィート高度で急減圧が発生した。
突然前方の貨物室のドアが開いてしまいそれと同時に 15X10 フィートの穴も空いてしまった。急減圧が起こりその為、9 名の乗客が機外へ吸い出されてしまった。航空機はホノルルに戻り 2 時34 分に安全に着陸した。すべてのドアのスライドを使い緊急脱出をした。
Taca International Airways -- Boeing 737-300 -- New Orleans --- May 24th 1988
タカインターナショナルエアウエイズ−ボーイング737−300
ニューオリンズ 1988. May 24
 
 機体はニューオリンズ空港にアプローチ中、突然温度低下に伴い凍結、又直径 1.25インチ程ある霰にみまわれた。
高度16,200フィートあたりで、両方のエンジンが不調になった。10,500フィートで操縦士は機体の緊急補助の電力を使いエンジンの回復を試みた。しかし両側二つずつ、補助エンジンを含め合計四つのエンジンは回復しなかった。
機長はイントラコースタルの池に着水を決断したが着水寸前に6,060X120フィートの草原を黙視で発見し、そこにエンジンなしで着陸、アンパワーランディングをした。その後スライドを使い乗客乗員全員脱出した。
はじめに
離陸まで
機内火災
急減圧
衝撃防止姿勢
海上着水
作者について
まとめ
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