6月から初めた新聞の切り抜きも早くも7ヶ月が過ぎました。今までピックアップした言葉の数々から独断と偏見で選び出した、97年の大賞
元々のピックアップが独断と偏見なので、掛け算で独断なのだ。二乗で偏見なのだ
お付き合い願いましてありがとうございました
来年がもっといい年でありますように
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「今日のところは堪忍してやるわ」 |
時期 : 8月 |
一言 : 大阪市北区のコンビニに押し入って、店長に店外に連れ出され投げ飛ばされた犯人の言葉。 「まるで吉本まんまやないか」の言葉を巻き起こした張本人は今どこで、どうしているのだろう?あまりに出来過ぎた話なので私のHPだけでは信じてもらえず、リンク情報に乗っけている屋根の上の新聞読みで記事を探し、作り話では無いことを証明しなければならなかった。 でも、この記事そのものが作り話でないという確信は正直ない。夏の記事枯れの時期、どうしても紙面を埋めなくてはいけないとしたら、思わず 有りそうな気がするよね |
「イミィーディエトリー(すぐに)」 |
時期 : 6月 |
一言 : 中日の大豊選手に暴行を受けた! ことで日米の野球感の差(ベースボールと野球の)に愕然とし、帰国した審判マイケル・ディミュロさんの言葉。 ”いつ帰るのか”の質問に答えて。「私は落ち込んでなんかいない。暴力を受けたことに困惑しているだけだ。審判はこれからも続ける」と語った。今もアメリカでベースボールの審判をしているのだろうか? 「最近の言葉」を始めるきっかけになった記念すべき言葉。それまでは英語のカタカナ表示を新聞で見ることはあまりなかったような気がする。音にしてみるといかにも「すぐに」という感じがするから不思議だね |
「野村証券の嘱託です」 |
時期 : 11月 |
一言: 野村證券の元社長の酒巻英雄被告の裁判所での言葉。振り返ってみれば官僚、社長、閣僚とかいったお偉い人達の言葉はバカバカシイものが多いのだが、これはなんとペーソスに溢れていることでしょう。(私だけが感じているの?)総会屋の小池被告は職業を訪ねる同様の人定質問に対して「無職です」と答えた(これもどうしてなかなかですなぁ)。彼らの間には金をせびる人と金をせびられる人という以上の距離があるようだ。それがどうして接点を持ってしまうのだろうか。いや、接点を持たないために金を出したのか。金があるから接点が出来るのか。利益供与を心配する部下に「これは組織の問題だから、あまり一人で悩むな」と言った62歳の元社長の背に世間の風は想像も出来ない程冷たいことだろうね |
「片田舎に生まれ、波瀾万丈の人生を送ってきた。 それほどの心の高ぶりも、動揺もない」 |
時期 : 9月 |
一言: ロッキード事件で有罪が確定している国会議員 佐藤孝行氏の入閣騒ぎは10日程度のものだった。思えばあれから橋本内閣の評判は悪くなる一方だ。強気で通した佐藤氏も結局は、はかなく散った。「党内には自発的辞任を求める声があるが、私は絶対に辞めない。辞めることは政治的に死ぬということで議員辞職につながる。辞めないというのが私の信念だ」と議員の命運に関わる問題だったはずだが、辞職した今でもやはり議員ではある。なるべく自分の感情や主観というバイアスを少なくしようと始めたコーナーであったが、つい肩に力が入ってしまった10日間であった。 しかし、伊達や酔狂では国会議員にはなれないのだろう。散り際の言葉として私の胸を打つ。「すぎたるは及ばざるがごとし」の名言を押さえての堂々のランクイン。誰しも表舞台を去る時が来るのだから、その時はサラリといきたいもんだね |
「お願いだ。みなさん。もっと言えよ」 |
時期 : 11月 |
一言 : 英国ウェールズ出身の作家、日本人C・W・ニコルさんの言葉。サッカーの呂比須といい、相撲の小錦といい、どうして帰化した人々の言葉は心に残るのだろう。ニュースに登場する多くの日本人の言葉に寒々とした印象を受けるこの頃である。伝えるためにはある種の覚悟が必要なのではないだろうか。少なくとも強く心を打った言葉の多くが、ある種の覚悟を持った人によって発言されていたと思う。もちろん何にもないまっさらの状態での言葉もインパクトは強いんだけれどね。 「神の国日本は、金まみれの国になっちまった。それはダメです。美しい日本。美の国、望んでいます」そう日本人に訴えかけた。環境破壊なんて大袈裟に騒がなくてもいいよ。身近の川や水に目をやろうぜ!ちょっと違うんじゃないか!って発言しようぜ。そんなことで、いや、そんなことが大切なのかもしれないね |
「Leave me alone(リーブ・ミー・アローン)」 |
時期 : 9月 |
一言 : 特集を組んだダイアナさん死去。これは「イミィーディエトリー(すぐに)」よりさらに先を行く。英語がそのまま記事になった。英語が表音文字だからか!?これも音に出して発音してみると何とも物悲しい感じがする。彼女が相手が救急隊員と知って人生最後にこうつぶやいたのかは分からない。ただ、もしそうだったら「ほうっておいて」はいかにも悲しい。誰であろうと死ぬ間際の言葉として悲し過ぎる。 「今が人生の再出発の時よ。金魚鉢のような生活を送ってきた私にとって、彼の優しさが、どれほど慰めになるか」と言った恋人とともに静かな時を過ごしているのだろうか。まさか天国まではパパラッチも追いかけはしないからね |
「前の世代からこの海を譲りうけた。体が続く限りは働いて次の人間たちに申し送りせんば。まずは自分が湾の魚を腹いっぱい食うて、大丈夫ちゅうことを示す。 それが俺(おっ)の仕事ばい」 |
時期 : 11月 |
一言 : 女性の力強さ、潔さに対抗できるのはもうこの国には、こういった昔気質の老人だけなのだろうか。二十四年ぶりの漁解禁の日に夫婦で出漁した水俣湾の漁師・石田勝さんの言葉。夫婦そろって水俣の認定患者で、二人そろって出漁した。取った魚は市場には出さず、ヒラメを刺し身に、カサゴを味噌汁にして食べた「最高の味じゃ。水俣一器用な女房がおったから、やってこられたようなもんばい」 漁師が、食うことが自分の仕事だという奇怪な国の、これは最高の夫婦じゃないだろうか。私は何を譲り受け、何を仕事としているのだろう。何を申し送りしようとしているのだろう |
堂々の大賞です。言葉の重さ、深さ、愛おしさが溢れていると思います
「エンマさんに『あとから桂子さんがきたら、私のとこに連れてきてね』 といってちょうだいね、お願い。さよなら」 |
時期 : 10月 |
一言 : 初めて文字色を変えた言葉がこれ。相棒・好江さんをなくした漫才師・内海桂子さんの言葉。夕刊の記事を読みながらウルウルしてしまった。読む度にウルウルしてしまう。誰かにこれほど大切な人と思ってもらえるものだろうか? 誰かをこれほど身近な人と思えるものだろうか? いかん! またウルウルしてきた。 ”出棺前にも花を入れながら語り掛け「お前、今から漫才やるんだよ -名鳥名木、木に鳥止めた、何の木に止めた、松の木に止めた‥」と一人漫才を官に詰めた”との記事にはもうたまらない。とても多くの人に愛された好江さんでさえエンマさんに会いに行くんだ、と知った。もちろん好江さんなら天国行きに決まってるが。でも、もしかしたら桂子さんが来るまで天国には行かないでエンマさん相手に漫才でもしてるかもしれないね |
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