旧国鉄士幌線




旧国鉄士幌線は帯広から十勝平野を北上し、三国峠の手前の十勝三股までを結んでいた全長78km余りのローカル線です。
大正14年に帯広−士幌間が開通、その後昭和14年に鉄道敷設法による「十勝国上士幌より石狩国ルベシベに至る鉄道」の一部として、十勝三股までの全線(この場合の全線とは未開通部分を含まない廃止時の旧国鉄士幌線全線を示します:以下同じ)が開通しました。
ちなみに上士幌−十勝三股間は工事期間中「音更線」と呼ばれましたが、のちに既開通部分である帯広−上士幌間の名称「士幌線」に統一されたようです。
全線開通から長くの間、十勝平野で生産される農作物や北部山岳地帯の森林資源の輸送のみならず、現在の糠平ダム(糠平湖)の建設資材の運搬や糠平温泉を訪れる観光客にも利用され、文字通り地域の足として活躍しましたが、トラック輸送の発達と自家用車の普及から旅客・貨物とも輸送量は減り、昭和53年12月には全国初の経費節減のための一部区間(糠平−十勝三股)バス代行輸送が開始されました。
沿線地域としても利用客減少対策を検討したようですが、迫り来るモータリゼーションの波による輸送量減少には歯止めがかからず、ついには国鉄再建法による第二次特定地方交通線廃止対象に指定されたのち、昭和62年3月22日のさよなら列車を最後に全線廃止され、その63年の歴史に幕を下ろしました。
廃止から10年以上が経過し、士幌線のディーゼルカーが発着していた帯広駅も近代的な高架駅へと変貌を遂げ、また平野部では路盤の農地転用なども進んでいて、徐々にその痕跡は人々の記憶とともに消えつつあるようです。
山岳部は転用する用途がないためか平野部と比較すると構造物が数多く残っていますが、かつて好況時には木材を積んだ長編成の貨物列車が行き来したというその線路跡も、現在は山中で静かに朽ち果てようとしているかに見えます。

このページではそんな士幌線の現在の姿を追ってみることにします。

国道に架かる糠平跨線橋の上より
(第4糠平トンネル坑口)


  1.   帯広周辺の遺構を見る

  2.   音更−上士幌市街の遺構を見る

  3.   上士幌−糠平間の遺構を見る

  4.   糠平周辺の遺構を見る

  5.   糠平−十勝三股間の遺構を見る

  6.   十勝三股周辺の遺構を見る

  7.   おまけ:私が士幌線に入れ込む理由


士幌線に関する各種データについては、以下の資料を参考といたしました。
・上士幌町鉄道資料館の展示内容
・「音更線建設要覧(鉄道省旭川工事事務所 昭和14年11月刊)」
・「ローカル線に紅い血が散る」辻 真先著(徳間書店 1982年2月刊)


− 「濃ゆいページ」は気分によっては増殖するかもしれません(笑) −
− 次は白糠線です。たぶん。 −


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