96年某日 記
僕は今、ここはほとんど熱帯地方ではないかと言う感じの東京にいながら、この「クリスマス市」の章のまえがきを書いている。なんとも季節外れなのは承知しているが、これはまた僕がぜひとも紹介したかった旅行記の一つなので、この際季節感は我慢することにした。それに、もし、万が一、何かの間違いで、この冬にドイツ旅行を考えているひとがこのページを読んでいたとしたら、この時期にこういう情報を提供することはあながち的外れではないかもしれないと思う。なんちゃって、これは僕の得意な「自己正当化」と言うやつに過ぎない。
さて、我が家は一方ではドイツ生活をエンジョイするハイカラ家庭であるかのように見えるが、実はどうしようもなく典型的日本的家庭である。よって、なんでもかんでも「カタカナ4文字」(パソコン、とかデジカメ、とかいうやつ)にしてしまう点においても例外ではない。「クリマル」もその一つであり、これは我が家のオリジナルでなないかと思う。 「クリマル」が「クリスマス市」のことであることは表紙のタイトルでおわかりかと思うが、実はこの省略形にはちょっと無理がある。クリスマス市のことを、ドイツ語では大抵ヴァイナッハツマルクト(Weihnachtsmarkt)というので、単純に略すと「ヴァイマル」となるが、これでは何やら、ゲーテと旧共和国憲法で有名なチューリンゲン地方の町の名前みたいになってしまう。方や英語では「クリスマスマーケット」なので、これまた単純に省略すると「クリマー」となって、なんとも間が抜けてしなう。それでいつしか我が家では「クリマル」と呼ぶことになった。なお、これまた得意の自己正当化を展開するならば......ドイツでも一部の町ではクリスマス市のことを「クリストキンドルマルクト」(Christkindlmarkt)、すなわち「幼子キリストの市」と言うこともある。これなら一応、「クリマル」でもおかしくないことになる。
こんな僕のページを読んでくれるのは、大なり小なりドイツの風物に興味がある方々か、あるいは当地にご在住の方々が主であろうから今更説明は不要かもしれないが、念のため簡単に説明する。なお、この「クリスマス市」の雰囲気をまだご存知でなく、かつ非常に興味を持たれる方には、谷中央さん/長橋由理さん共著の「ドイツ・クリスマスの旅」(東京書籍)という本をおススメする。この本こそ、ドイツのクリスマス市の雰囲気をメルヘンチックに伝える、30代後半のおじさんが買うにはちょっと勇気のいる類の本である。(僕はこの本を、たまたま出張の帰りの成田の本屋で見つけて、衝動的に買った。) 僕の見聞によると、「クリマル」はどうやらドイツ語圏にほぼ固有の文化らしい。(詳しくは次々項で記述。)ドイツ語圏では、クリスマスの前約4週間を「アドヴェント」(Advent)といい、クリスマスに備える特別な期間という意味合いがある。ある程度以上の規模の町では、このアドヴェントの始まりとともに、大抵は町の中心の広場に「クリスマス市」が出現する。大抵は木で作った小さな仮設屋台が並び、古典的なところではクリスマスの飾りの類や、クリスマスのお菓子等を売る。もちろんここがドイツである以上、焼きソーセージとビールの屋台もまた不可欠である。フランクフルトあたりでは、古典的な飾り付けの店より飲食屋台の方が幅をきかせている。 また、これら食べ物の屋台の大半では「グリューヴァイン」(Gluehwein)なる魔化不可思議なる飲み物をも供する。ワイン(大抵は赤)に、砂糖の他、何種類かの薬草エキスを加えて暖めたもので、コップ1杯3マルクかそこそこである。正直な話、最初はとても人間様の飲み物とは思えないくらいの印象を持ったが、いつしかクセになってしまっていて、これがないと「クリマル」の雰囲気がしないというのが今の我が家の実態である。 この話題となると、ぜひとも紹介しなければならないのが、そのカップである。以前(少なくとも86年のクリスマス当時)は、このグリューヴァインは紙やプラスチックの使い捨てカップで売られていたのだが、環境問題に熱心なドイツ(これについては異論もあるので、別の機会に紹介したい)では、7〜8年前からか、この使い捨てカップを止めるために安いマグカップを洗いながら使うようになった。最初にグリューヴァインを買うときに、このカップの保証代金(3〜5マルク程度)を余分に払い、飲みおわってカップを戻すと、その代金が返金される仕組みである。このシステムは、お祭りの屋台等では、お皿やビール・ワインのグラス類にもしばしば適用される。 ただ、このグリューヴァイン用カップはちょっと気が利いていて、ちょっとした町ではそこの町のシンボルとなるような物の絵が書いてあって、また町の名前が入っている。よって、観光旅行の際などには、これは手軽な記念品になる。そんな訳で、我が家では3年ほど前からなんとなくこれを集めるようになり、おととし(95年)からは精力的に収集するようになった。なお、この醜集の話を会社の同僚ドイツ人にすると、まず大抵は「アホかいな」と言う感じの反応を示すことを付け加えておく。
ドイツ語圏ではアドヴェントの時期になると、教会はもとより、多くの家庭や商店のショウウィンドウでも、キリスト生誕のシーン(というか、厳密にはその12日後までのシーンの合成ということになるか)の人形を飾る。馬小屋風の建物の中に聖家族すなわちヨゼフとマリアと赤ん坊キリスト、回りに東方から来た3賢王とそのお供の人、羊飼い等がいて、更に牛、ヒツジ、ロバ、などがいてワンセットとなる。時に、ニワトリなんかもいたりする。クリッペは大体アドヴェントの始めに飾られるが、凝ったところでは最初は幼子キリストの人形だけは出ていなくて、クリスマスイブの深夜になって初めて登場したりする場合もある。 大抵の(もしくは一部の?)町では、クリマル会場でもその町の自慢のクリッペセットが飾られている。中でも、93年のクリスマスに見たバンベルク(Banberg)のクリッペなんかはとっても立派な、等身大の人形セットであった。
以上のような訳で、95年と96年のアドヴェントは精力的(?)にクリマル巡りをした。 その結論として、少なくともドイツとオーストリアについては、全域で「クリマル」が見られると言ってよさそうだ。それ以外の国々で、アドヴェントの時期に実際にこの目でクリマルの有無を確認した町について紹介する。(その後の確認分も追加)
バーゼル ---- ほぼ完璧な「ドイツ・オーストリア風」のクリマルあり。 ベルン ---- ほぼ完璧な「ドイツ・オーストリア風」のクリマルあり。 チューリッヒ ---- ちょっと雰囲気は違うが、一応クリマルあり。 フランス
アルザス地方の諸都市(ストラスブール、ミュルーズ)およびアルザスに近いメッス(Metz)
ナンシー(距離的にはやはりアルザスに近いが、いかにもフランス風の地名) グルノーブル ---- クリマルみたいなのを車窓から見かけたが、未確認。 パリ ---- クリマルなし。 イタリア ローマ ---- クリマルみたいなのを車窓から見かけたが、未確認。 イギリス エジンバラ ---- クリマルなし。 ベルギー
ブリュッセル ---- オランダ マーストリヒト ---- ちょっと雰囲気は違うが、クリマルあり。 デンマーク コルディング ---- クリマルなし。 チェコ プラハ ---- 「ドイツ・オーストリア風」のクリマルあり。 プルゼーニュ ---- 「ドイツ・オーストリア風」のクリマルあり。 ハンガリー ブダペスト ---- 比較的「ドイツ・オーストリア風」のクリマルあり。 スロバキア ブラチスラヴァ ---- 比較的「ドイツ・オーストリア風」のクリマルあり。
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