ずるくて、こすくて、情けないもの。それが大人の男なのです
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国会空転をどう考えますか?とインタビューされたらこう答えたい。「与党も野党もどちらも駄目。目くそと鼻くそですな。まあ、与党が鼻くそでしょうが」 |
審議拒否: 発端は何だったのか? もう殆どの人は忘れている。何故なら発端に意味はないからである。審議拒否は結果である。それは敗北を前提とした戦術であり、狙った効果は期待できないというのが歴史の教訓である。 議論しても「意にそわぬ」結果になるのなら議論しないで「意にそわぬ」結果の方がまだマシである、と考えているわけではない。つまりは打つ手がないという現実の裏返しなのである ちなみに筆者はよく「聞く耳持たない」と憮然として言い放つがこれは打つ手がないわけではなく、考え付かないだけなので誤解しないようにしていただきたい |
議員が議論しないで何をするんだ!と叫ぶのはいただけない。議員は別に議論するためになるものではなく、なりたくてなるものである。国会で議論しなくてどこで議論するんだ!などと怒ってはいけない。国会には観光名所としての役割が残っているし、議論は何処でもできるというが世の常識である |
責任放棄: 取るべき責任を取らないのが責任放棄であり、逆に責任を問われることになる。しかし取るべき責任を自覚していない場合にはこのルールを適用できない。不公平だと憤ることはない。そもそもルールに従う意志を持っていない集団が政治家であり、取るべき責任を自覚していては議員にはなれないし、続けてもいけない。従ってルールはいかなる場合にも適用されないのである。 実現できない「公約」を訴える行為こそが責任放棄そのものなのであり、言いかえれば私は「責任を取るつもりはない」という明確な宣言なのである。この宣言を潜り抜けた者のみが勝者と呼ばれるのである |
空転を続けていた国会もやっと正常化されそうだ。これでやっと空論の一方通行から議論の空転へとステップアップする。目出度い。徹底の徹は星一徹の徹である。特に意味はないが一応指摘しておく 非拘束方式に徹底的にこだわったのは実は自民党だったってことです |
徹底抗戦: 負けは負けである。一度すねて座り込んでしまったら最後、手を差し伸べてもらわないと立ちあがれないのが徹底抗戦である。従って引き際が難しいという特徴がある。これを理解していないと墓穴を掘ることになる。国際紛争であろうと国内闘争であろうと同じことである。 勝ち目の少ない陣営が先に「徹底抗戦」を打ち上げるのが世の常である。死ぬまで闘うではなく勝つまで闘うことが肝要であり、そのためには死んでも負けを認めない必要がある。 一般には宗教の世界しかありえない、と言われている |
参院では負けた、惨敗である。衆院では少なくとも名を残さなくてはならない、だから柔軟路線だ。まあ、こんな国会議員を選んだのは国民なんだから、我慢するしかないのだろうが 肝心の選挙方式まで勝手に変えられてしまうのではいい議員を選ぼうにも選べないではないですか! ええっ、自民党さん、公明党さん、保守党さん |
柔軟路線: 余裕のなせる技ではない。徹底抗戦と同じ苦肉の策である。B21に竹やりで向かっていくようなもんですね。勝つための戦略は勝てる力のある場合は有効であるが勝てる力がない場合はかえって足かせとなる。勝つ気がない場合は有害であり、負けを望んでいる時には弊害となる。 あまり曲がりくねった路線は運転しにくいため評判はあまり良くない。真っ直ぐな路線は眠気をさそうという欠点がある。運転する場合は注意が必要である。乗車しているだけなら特に心配する必要はないし、心配しても車は引き返してはくれない。乗車するということは命を託したということと理解すべきである |
ああだ、こうだと言っていても何も始まらない。それが政治の世界である。済んだことをああだ、こうだと言うのも政治の世界である。やらない理由を百通り、やった理由は千通り言えないようではこの国の首相にはなれない |
評論家: 金持ち喧嘩せず。喧嘩する人は喧嘩することで何かの実利を得られるからである。言いかえれば負けることで失うものがないか負けることでも何かを得られる人がするものである。失うことを極端に恐れる人種が政治家だと考えれば、政治家喧嘩せず、となる。 それでは弱肉強食の政治の世界で生きていけないため、詭弁・強弁を使ってでも勝負にこだわる。犯罪に問われる行為でも勝負にならないと判断した時に政治家は「評論家」に姿を変えることが多い。評論家は喧嘩しても何も失わないし、強いものにはそもそも相手にされないことが多いからである。 決断は時に辛く判断は得てして甘いのが世の理である。正義はもちろん勝たないし、悪は生半可なことでは滅びないのが世の理である。 評論家と首相はもっとも遠い場所に住む人であり、評論家になる能力がなくてもなれるのが日本の今の首相である。評論家になれても首相になれるかは定かではないが、総理程度ならなれるに違いない |
加藤さんも少しは禅譲を期待していた節がある。しかし亀井台頭後それもかなわずと見たのか、○○な人からのそれは避けるべきだと考えたのかは分からない。ただ反旗を翻したその結果は半年程度で分かるような気がする |
禅譲: 天子が徳のあるものに地位を譲るが真意なら、すくなくとも政治の世界で使ってはいけない言葉だと考えられる。しかし世のマスコミから一言の批難も聞かれないことから、既に言葉の意味は大きく変わっていると考えてよい。だとすれば、この世のどんな世界で使おうと構わないことになる。 塀の中であろうとなかろうと、汚れていようといなかろうと構わないのである。 例え官僚の世界であろうと問答無用に使ってよいことになる。 無念である、やはり正義は勝てないと知るべきである。 ちなみに徳のない人間が期待するのを「棚からぼた餅」といい、知らない間にアクセスが10倍に増えているという非現実的な夢を抱き続けている筆者がその典型である |
熟慮し慎重な行動が求められることがある。それが大人の♂の世界です。それが出来ないようでは大物にはなれません。でもそれしか出来ないのでは偉人にはなれません |
軽挙妄動: 軽挙の反対は重足なのか?浅学非才の筆者には分からない。でも重い足どりでは政権は奪えないと思われる。 妄動の反対は開佇か? こんな言葉はもちろん存在しない。言葉は現象や理念を説明するために生まれるものだからである。地位を得るためには何かをしなければならない。何もしないで見ているだけで手に入る権威や権力に「おいしい」ものがあるはずがない。 勝ってしまえば「勇気有る行動」と呼ばれることを考えれば、熟慮の有無や理念の正邪に大した意味はない。 強いものが正義でありそれが政治の世界である。 賢者は近寄らず愚者は遠目から眺めること、が肝要である |
世の中は恐ろしいことが起きるものである。森首相誕生がそうであり、いきなりの「森おろし」がそれである。蛮勇程度はいつでも振るえるようでなければ「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」の世界を生きてはいけないのである |
蛮勇: 鉄腕アトムに勇気はあるか?と問われれば多分無いと答えざるをえない。怖さを知らないものに勇気が芽生えるはずがないからである。 では日本の政治家と鉄腕アトムとどちらが怖さを知らないか?と問われれば政治家だと断言できる。 なにしろ彼等は恐れも、怖れも、畏れも、虞も、とにかくいかなる「おそれ」も知らない。はなはだしく「不快」で「おぞましい」ことである。 もちろん蛮勇はあってもよいが、この点を捉えて彼らが自らの非力を承知していると勘違いしてはならない。 そんなことでは一人前の大人の♂とは言えない。いかなる蛮勇をもってしても、、、それは言えない |
行動の可否を決断できないなんて、、、、それじゃ首相は務まりません |
加藤: 勝とうと思えば負ける覚悟がいる。優勝劣敗が世の理である。負けない自信は結果を保証するものではないことは小学生にも分かる理屈だ。多数決が勝負なら、数の多い少ないが結果である。 所詮四則演算の世界であり、計算は小学生でも出来る。加算だけで戦略を立てることは無謀であり減算だけで守りを固めるのは無意味である。 自民党を救うことが目的だったわりには自民党の人気をさらにダウンさせてしまった。アンチ自民党派や加藤応援団がこれを「深慮遠謀」だと勘違いしたがるかもしれないが間違いである。 配慮が足りない、準備が足りない、能力が足りない、勢いが足りないといったための単純な因果関係の結果である。 結果が見えないということも、結果を見ないということもリーダーとして失格であることを証明している |
ことの善悪が判断できないなんて、、、それじゃ首相は務まりません。 あれっ!? |
森: リップサービスで人を不快にさせてはいけない、ということは分かっているがその場にいない他人に聞かれても同様に「不快」であってはいけないことまでは理解できない。 政治家の責任とは国民との間に結ばれた契約の遂行において生じることは理解できないが、幹事長との約束を破ってはいけないことはなんとなく分かっている。この程度の人物は党の中に閉じ込めておいて決して外には出さない、というのが穏やかな時代の政党のルールだったのだが 二十一世紀には出せないので、その前に出すだけ出してみようなどと考えたのが大きな間違いであった。形有るものが壊れていく時に起こりがちな間違いではあるが、迷惑な話である |
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